5月17日(火)、昨日16日、フランスの新首相に現労働大臣のエリザベット・ボルヌ(Elisabeth Borne)氏が任命されました。マクロン大統領2期目の当選から首相選びまで異例となる22日間もの時間を要しましたが、フランス政治史において歴代2代目の女性首相が誕生しました。
労働相、環境相、経験豊富な【テクノクラート】
今年61歳、カルバドス(Calvados)地方出身のエリザベット・ボルヌ新首相は、2017年、マクロン政権第一期フィリップ(Édouard Philippe)内閣にて交通担当大臣を2年間、環境相を1年間務めた後、2020年7月に労働大臣に就任しています。
技術系の官僚経験が長いボルヌ氏は、1997年ジョスパン(社会党)内閣で交通系技術顧問を務めた後、ポワトゥー・シャロント地方(Poitou-Charentes)で初の女性知事に就任しています。
仏国鉄、ゼネコン、パリ交通公団など企業経験
2002年にはフランス国鉄(SNCF)の戦略担当部長、2007年にフランス大手ゼネコン、エファージュ(Eiffage)社で部長職に就き、2008年から5年間はパリ市でドラノエ(Bertrand Delanoë )元市長(社会党)時代に都市計画担当部長を経験しています。
2013〜14年、社会党の環境相セゴレーヌ・ロワイヤル(Ségolène Royal)氏の秘書を務め、2015年にはパリ交通公団(RATP)の総長に就任しています。
長年社会党系の政治家に近かったボルヌ氏ですが、2017年、社会党のオランド(François Hollande)大統領の側近だったマクロン氏が大統領選出馬に際し設立した共和国前進党(LREM)に入党しています。
仏国鉄改革で注目、フランスの鉄道自由化を達成
ボルヌ氏のキャリアで特記すべきは、交通担当大臣時代に遂行したフランス国鉄(SNCF)の改革で、氏は長期にわたる組合のストライキにもかかわらず、フランスの鉄道網を自由化する法律を可決させています。
2020年に労働大臣に就任した際の最大の懸案事項であった年金改革は、若者の雇用支援を最優先としたことから2021年1月以降に延期され現在に至ります。
今後は首相として、マクロン大統領の公約であるこの不人気な改革を遂行することが期待されています。
自分にも他人にも厳しい働き者、「ボルヌ・アウト」のあだ名も
母方が薬剤師の家系というボルヌ氏は、内閣や省内でも特に「働き者」で知られ、省内で「バーン・アウト」(”burn-out”)に引っ掛けて、「ボルヌ・アウト」(”Borne-out”)のあだ名が付いていました。
少女達に「夢を追いかけて」のメッセージ、先駆者クレッソン元首相にオマージュ
昨日16日の就任演説では、国民との対話の重要性について語り、ウクライナ侵攻および気候変動など待った無しの環境問題に関し、首相としての大きなチャレンジについて述べました。
そして、フランスで2番目の女性首相になったことについて、「大変感動しており、私の先駆者であるエディット・クレッソン(Edith Cresson)元首相のことを考えずにはいられない」と、今から30年前、ミッテラン(François Mitterrand)大統領の下で1年間首相を務めたクレッソン氏に敬意を表しています。
最後に自らの首相就任をフランスの少女達に捧げ、「自分の夢の実現に向けて、最後まで諦めずに突き進んでください。社会の中で、女性が地位を得るための戦いを妨げるようなことがあってはならない」と強いメッセージを送っています。
クレッソン元首相、フランスの「政治家」は男尊女卑
これを受け、メディアのインタビューに答えたクレッソン元首相は「演説の中で私のことに言及してもらい感動しています」と表敬に謝辞を述べました。
元首相は、ボルヌ氏を「大変な働き者、真面目かつ勇敢な人。民間と公的機関の両方での経験があり、首相になるためのすべての資質と経験を備えている」と絶賛し、「それにもかかわらず、世間は彼女が女性であることばかりを取り沙汰し、そのキャリアや実力についてほとんど触れていない」ことに驚きを隠せないとコメントしています。
女性首相に「騒ぐ」のはフランスだけ
女性首相の就任を喜びつつも、クレッソン氏は「彼女が今まで知事であった事実や、企業や政治での経験の深さなどが前面に出されていない」ことに違和感を感じ、「サッチャー元英首相、メルケル元独首相、ポルトガルの首相も長いこと女性だが、彼らが女性であることに誰も驚いていない。新首相が女性だと騒いでいるのはフランスだけ」と批判しています。
フランス初の元首相は「フランスという国は男尊女卑ではないが、フランスの政治家はまだ恐ろしく男尊女卑」とインタビューを締めくくっています。
弱点は「選挙未経験」、6月の下院選挙次第では「短命」に
ボルヌ新首相は政治家としてはキャリアを積んでおらず、選挙で選出された経験がありません。
この6月の選挙で初めて地元カルバドス地方のヴィール=エヴ レシー(Vire-Évrecy)で立候補しています。
6月の下院選挙では、左派連合や極右が得票率を大幅に伸ばす予想が出ており、「ルネッサンス」に改名した与党、共和国前進党が過半数を獲得できない場合、1ヶ月だけの首相で終わる可能性はゼロではありません。
労働大臣として労働組合との交渉に毅然とした態度で臨むことでも知られるボルヌ氏は、鉄道自由化の遂行者として、極左支持者に不人気であることも懸念材料となっています。
執筆:マダム・カトウ