スイスのフランス語圏の中心都市、ジュネーブ
私事ながら、最近仕事でスイスのジュネーブを訪れることが多くなりました。ジュネーブなどスイスのフランス語圏は鉄道やバスでフランスからも気軽に訪問できますが、フランスでは聞かない言い回しもよく耳にします。今回はスイスのフランス語に関してご紹介します。
多言語国家スイス
スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を公用語とする多言語国家です。1848年に現在の連邦国家の形で建国された際、国の安定に不可欠であるとの認識から複数の言語を公用語にしました
人口比率ではドイツ語を母語とする国民が6割以上で、フランス語は2割程度。州によって使われる公用語は異なりますが、ウェブサイトの標準言語や電化製品の初期設定はドイツ語であることが多いです。
複数の言語を理解する人が多い
フランス語が公用語になっているのは、フランスと国境を接する Suisse Romande(スイス・ロマンド)と呼ばれる西部地域です。ただ比較的狭い国土に複数言語が溢れているうえ多言語教育が推進されているため、複数の言語を理解するスイス人がほとんどです。
私自身、ドイツ語で話しかけられたので「フランス語でもいいですか」とお願いしたら、何の問題もなくフランス語に切り替わって会話が続くということを何度か経験しています。
スイスにおける言語共存は、世界的にも珍しい成功例とされているようです。特にフランス語話者は、国内でドイツ語が優勢なためにバイリンガル意識を持ちやすく、他言語への理解が深いという調査結果もあるようです。外国語が得意という評判はあまり聞かないフランス人と比較すると、スイスのフランス語圏の住民は同じ言語を使っていてもメンタリティが少し異なっているのかもしれません。
フランスではあまり聞かない言い回し
スイスのフランス語は標準フランス語と大きく変わることはありません。教育やメディアにおいては標準フランス語が使用されていることもあり、標準フランス語で問題なく通じます。ただ、いくつかの語彙や表現に違いも見られます。面白い例をいくつか紹介します。
数は分かりやすい!?
まずは数の数え方です。フランスで70は「soixante-dix」ですが、スイスでは「septante」(セッタント)。フランスでは「quatre-vingt-dix」という90は「nonante」(ノノント)といいます。
なおベルギーでは80のことを「octante」 (オクタント)と言いますが、スイスではフランスと同じく「quatre-vingt」のままなのが面白いところです。日本人にとっては、スイスの数え方の方が規則的で分かりやすいかもしれません。
微妙に異なる表現
「郵便番号」はフランスでは「code postal」ですが、スイスでは「numéro postal」。地域の公共交通機関を指す「train régional」は「train omnibus」と表現されることがあります。買物袋はフランスでは「sac」が標準的ですが、スイスでは「cornet」と呼ばれているのをよく耳にします。
また携帯電話のことを「natel」と言う人がときどきいます。どうやら、70年代にスイスで最初の携帯電話サービスが始まった際の商品名の略称が「Natel」だったことから、それがそのまま携帯電話を指す単語になったようです。
住所の書き方もフランスとは異なります。フランスでは番地の後に通りの名前ですが(例:31 rue Cambon)、スイスでは通りの名前の後に番地が来ます(例:rue Argand 3)。これはドイツの住所の書き方を踏襲しているようです。日本の住所の書き方に近いので、日本人にはフランス式より分かりやすいかもしれません。
「反転」しているスイス式カフェオレ
先日ジュネーブ市内のカフェでカフェオレを注文したところ、ウェイターさんに「café renverséで大丈夫かな?」と言われました。何のことか分からず適当な返事をしましたが、予定通りカフェオレが到着しました。
café renversé は直訳すると「反転したコーヒー」です。どうやらコーヒーと牛乳の比率が「反転」している、つまりコーヒーよりも牛乳を多く入れるものをそう呼ぶようです。フランスの café au laitや café crème は、コーヒーと同量以下の牛乳とされることから、厳密には別の飲み物と言えるかもしれません。
ただ私の隣に座っていたマダムは「Un renversé avec un peu moins de lait, s’il vous plait」(café renverséを牛乳少なめでお願いします)と注文していました。牛乳少なめであれば「反転」していないのでは?という疑問が頭をよぎりましたが、細かいことは気にせず牛乳入りのコーヒーのことを一律「café renversé」と呼び、比率にこだわりがあればそれを伝えるのがスイス方式なのだと理解した次第です。
多様性を象徴する多言語国家
スイスにおけるフランス語は単なる地域言語ではなく、国全体の文化的・社会的な多様性を象徴するものとも言えます。多文化主義教育、言語の相互尊重というスイス社会の統合と繁栄を支える柱とも言えるかもしれません。今後グローバル化と多様化が進む中で、スイスは多言語国家のモデルケースとしてますます注目されることでしょう。
執筆 Takashi