パリ観光の定番と言えるセーヌ川クルーズ。パリを訪れた際に体験された方も多いのではないでしょうか。風に吹かれながらいつもと違う角度でパリを眺められるため、観光客だけではなくパリに住んでいる人でも好きな方が多くいます。
実はパリにはもうひとつ、クルーズができるスポットがあるのをご存知でしょうか。今回は、知名度が低いものの意外と楽しいサンマルタン運河のクルーズをご紹介します。
サンマルタン運河とは
サンマルタン運河(Canal Saint-Martin)は、パリ北部のラ・ヴィレット貯水池(Bassin de la Villette)からセーヌ川近くのアルスナル港までの区間、パリの10区~12区および19区を通過する全長4.55㎞の運河です。サンドニ運河(Canal Saint-Denis)とウルク運河(Canal de l’Ourcq)とともに、全長130㎞に及ぶパリ水運網の一部をなしています。
この運河の構想は14世紀頃からあったそうですが、実際に建設が開始されたのは19世紀に入ってから。ナポレオン統治下の1802年に建設許可が下り、1822年に工事開始。シャルル10世治世の1825年に開通しました。当時としては夢の一大土木プロジェクトでした。
「運河」と名付けられていますが、最大の目的はラ・ヴィレット貯水池からパリ市内への飲料水の引き込みだったそうです。そのためウルク運河やサンドニ運河よりも幅が小さく、また全長の約4割は地下に埋設されており、運河というより「大きな用水路」というイメージに近いかもしれません。
ただラ・ヴィレット貯水池は港としても機能しており、19世紀には大西洋に面するボルドー港と同等の貨物取扱い量を誇ったという記録があります。ですからラヴィレット貯水池からパリ市内に物資を運ぶ運河としての役割も果たしていたことは間違いないようです。
サンマルタン運河を船で上っていく
サンマルタン運河には遊覧船が通っており、運航会社も3社ほどあります。
私はアルスナル港から北向きに上っていく船に乗ってみました。サンマルタン運河をすべて通り抜け、ウルク運河の入口にあるラ・ヴィレット公園まで行くコースで、2時間半ほどのクルーズです。
私が乗った船は定員200名ほどで、トイレはもちろんバーもありました。セーヌ川のクルーズ船よりは小さいですが、それでも想像していたよりは大きかったです。
アルスナル港を出発するとすぐに地下水路部分に入り、バスティーユ広場やリシャール・ルノワール通りの下を進んでいきます。トンネルにはところどころ通気口が開けられており、下からリシャール・ルノワール通りを見上げることができます。サンマルタン運河でしか見ることのできない光景です。
地下水路は年間を通して15~20度に保たれているとのことで、夏の暑い時期などは直射日光を遮るものがないセーヌ川クルーズより快適かもしれません。
船に乗って暗い地下水路を進む
19世紀フランスの土木技術力
30分ほどでレピュブリック広場近くにくると、船は地上に出ます。サンマルタン運河は25mの高低差があり、水位を調整するための水門が9つあります。船が水門にさしかかると前後の門を閉じて、水を流し入れて水位を調整します。
水門ごとに5分~10分は待つので、運河周辺を散策する人たちや船頭さんと話したり、乗客同士で写真を取ったりしてのんびり過ごします。
運河にかかる橋は、船を通すためすべてアーチ型か可動式です。水門のシステムといい可動式の橋といい、19世紀フランスの土木技術力の高さを感じずにはいられません。
水門通過を待っている間は、道行く人たちの注目を浴びる
水位調整のためにダイナミックに水を流し入れるところは何度見ても飽きない
運河周辺のまめちしき
サンマルタン運河周辺のパリ北東部は、もともとは移民や貧困層が多く治安が良いとは言えない場所でした。しかしパリが成長するにつれて、水辺の公園があるエリアとして人気が高まり、今では個性的なお店やおしゃれなカフェが並ぶパリ随一のBobo(*注)好みのスポットとなっています。
また旧き良きパリの下町情緒を残していることから、よく映画の舞台にもなります。特に有名なのは1938年の名作「北ホテル(Hôtel du Nord)」ではないでしょうか。北ホテルはサンマルタン運河のすぐ横に実在したホテルで、現在も同じ建物がレストランとして営業しています。
映画「アメリ」で主人公アメリが水切りをしていたのもサンマルタン運河です。このような映画の印象もサンマルタン運河周辺にBoboが集う理由の一つなのかもしれません。
「モナ・リザ」との関係は
ルーブル美術館所蔵の絵画「モナ・リザ」は一度盗難に遭っています。盗んだ人物は約2年間、住んでいたアパートに絵を保管していました。そのアパートが現パリ10区のサンルイ病院通り(rue de l’Hôpital Saint-Louis)にあり、サンマルタン運河クルーズからよく見えます。クルーズ中にはこういった豆知識や歴史の説明を、英語とフランス語でしてくれます。
おしゃれなサンマルタン運河周辺エリアはBoboの生態観察にうってつけ
運河クルーズも終盤に
19区に入るとすぐ、運河としての終点であるラ・ヴィレット貯水池を通ります。ここは今でも港としても利用されていますが、現在では公園としての機能が大きく、貯水池横の水辺には映画館やおしゃれなレストラン、運動場などがあります。夏にはパリ・プラージュ(人工ビーチ)の会場になり、泳ぐこともできます。
貯水池をすぎてウルク運河に入り、フィルハーモニー・ド・パリやシテ科学産業博物館などがある広大なラ・ヴィレット公園までくると、クルーズは終了です。
セーヌ川クルーズとは違った面白さ
水辺から見上げる街は、いつもと違う表情を見せてくれます。サンマルタン運河は幅が狭いこともあり、街を歩く人との距離が非常に近く、本当に街の中を船で進んでいるような不思議な感じがします。
また有名な観光地は少ないものの、意外な渋い見どころがあったり、地下水路区間では探検気分を味わえたり、また水門の仕組みを間近で見ることができたりと、セーヌ川クルーズとは違った面白さがあります。
次回パリを訪れたときには、のんびりとサンマルタン運河クルーズをいかがでしょうか。
*注 Bobo についてはこれらの記事もどうぞ。
気ままで優雅!?フランスでよく話題になる「Bobo」って何?
高級化するパリの街…いいことばかりではない都市問題「Bobo化」とは
執筆 Takashi