モロッコ最大の都市カサブランカには近代的な建物が並ぶ
個人的な話ですが、私は仕事で北アフリカのモロッコに3年間住んでいました。フランス語を本格的に使うようになったのも、フランス文化や歴史を強く意識するようになったのも、モロッコでの経験がきっかけだったように思います。先日約10年ぶりに同地を訪れると、当時感じていた「モロッコに残るフランス」の存在を改めて強く意識しました。今回は、そんなモロッコで感じられたフランスについてご紹介します。
公用語ではないが重要なフランス語
モロッコはアラブ・イスラム文化を持つ北アフリカの国です。1912年から1956年までフランス保護領時代が続き、行政・教育・都市計画・インフラなど、現在のモロッコの基盤には今も当時の影響が色濃く残っています。
公用語はアラビア語と先住民が話すベルベル語。フランス語は公用語ではありませんが、社会のいろいろな場面で使われています。特に公的機関とのやりとり、契約書やビジネスメール、高等教育など。少し専門的な場面になると、一気にフランス語が前面に出てきます。地元の人々がアラビア語で会話している中に、突然フランス語が混ざることは珍しくありません。
日本語のみを使う日本人として、最初は純粋におもしろいなと思っていましたが、次第にフランス語は単なる外国語ではなく、モロッコ社会そのものに組み込まれているものと感じるようになりました。
ただしモロッコは「フランス化された国」ではなく、アラブ文化やベルベル文化がしっかりと根付いています。その上にフランス文化が重なり、独特の社会が形成されているのです。その絶妙な混ざり方こそが、モロッコのおもしろさなのだと思います。

いかにもアラブの国らしい活気あふれるスーク
モロッコ社会を反映するフランス語教育
フランスの影響を強く感じるものの一つに、フランス語教育があります。特に都市部では裕福な家庭ほど子どもにフランス語教育を受けさせる傾向が強く、フランス系やミッション系の学校は高い人気があります。最大都市カサブランカや首都ラバトにはフランス式カリキュラムを採用した学校が多くあり、エリート層の多くがそうした教育機関で学びます。
私はモロッコで働いていた際に多くの優秀な若者と出会いましたが、皆がフランス語でこみ入った話ができ、複雑な読み書きも完璧でした。フランスの大学で学び、そのままフランス企業や国際機関で働く人も少なくありません。
彼らにとってフランス語は、キャリアや国際社会への扉を開くための実用言語です。近年は英語も重視されていますが、モロッコにおいてフランス語は、社会的地位やエリート教育と結びついている印象を受けました。
一方で、フランス語教育の有無により格差が生まれることが課題として認識されています。都市部と農村部、また富裕層とそうでない層の間ではフランス語の能力に大きな差があり、それにより就ける仕事が変わり収入に差がでます。
そのためフランス語はモロッコ社会における共通語であると同時に、一種の社会階層を映し出す側面もあります。歴史の名残などではなく、社会を反映するものになっているのだと感じます。
近代都市カサブランカも少し裏道に入ると一気にローカル感が増す
街並みや食文化に残るフランス
ラバトやカサブランカの中心部を歩くと、広い並木道や白い建物、アール・デコ調の建築が続き「ここは本当にモロッコなのか」と感じる瞬間があります。特にカサブランカには保護領時代のフランス建築が多く残り、どこか南フランスの都市にも似た雰囲気があります。
一方で少し路地に入ると、スークの喧騒やモスクのアザーンが聞こえ一気にアラブ世界の空気に戻ります。その感覚の切り替わりが、モロッコの街のおもしろさです。
フランスの影響を最も身近に感じやすいのは、食生活かもしれません。モロッコ料理といえばタジンやクスクスが有名ですが、都市部ではフランス風のパン屋やカフェをいたるところで見かけます。朝にクロワッサンやバゲットを買うことはごく普通です。カフェのテラス席でコーヒーやミントティーを飲みながら長時間会話を楽しむ文化も、どこかパリの光景と共通しています。
ただ面白いのは、それが単なるフランス文化のコピーではないことです。例えばバゲットをタジン料理と一緒に食べたり、フランス菓子をアーモンドやオレンジフラワーでアレンジしてみたりと、モロッコ流に変化しています。「モロッコ化されたフランス文化」といえるでしょうか。
モロッコではどこに行っても出てくるミントティー
形式主義はフランス流、信頼重視はモロッコ流
モロッコの行政制度にも、フランス的な特徴が色濃く残っています。書類主義、サイン文化、細かい手続き、中央集権的な意思決定など。仕事をしていてフランスに近いと感じる場面が多くありました。
例えば役所で何かを申請するとき、一つの書類に複数の承認印が必要だったり、細かなフォーマットや書式が厳格に求められたりします。非効率に思えることもありますが、形式を重視するのは現在フランスで生活していてよく似ていると感じることです。
一方で、実際の運用はフランスとは少し異なります。モロッコでは制度や契約を重視しつつも、最後は人間の信頼関係で柔軟に調整されることが多いように思います。
まずは信頼関係を築くことが商談の前提になるケースも多く、会議でもいきなり本題に入るのではなく、家族や健康などの日常の話題から始まることがよくあります。私自身、物事を動かすには人との関係づくりや相互信頼が欠かせないという経験をよくしました。形式を重んじながらも人間的な距離感を大切にするところに、アラブ/地中海文化らしさを感じます。
その意味では、モロッコはフランス由来の制度を独自に消化し、自分たちなりの社会として作り変えてきた国なのかもしれません。だからこそ、モロッコで感じるフランス文化には、どこか異国情緒が漂っているのかもしれません。
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アラブ文化圏の中のフランス文化
フランス語やフランス文化は、長い歴史の中で北アフリカや西アフリカ、中東などへと広がり、それぞれの土地で独自に変化してきました。その中でもモロッコはとても興味深い存在だと思います。アフリカでありアラブ文化圏でありながら、同時にどこかフランス的でもある。そんな多層的なアイデンティティを持った国です。
私は現在はフランスで生活していますが、今もモロッコにいた頃を思い出す瞬間がよくあります。役所での手続き、長い会議、契約へのこだわり、カフェ文化、議論好きな気質、など…。モロッコで見ていたものが、確かにフランス文化がベースにあったのだと感じることが少なくありません。
パリから2時間半で行けてしまうモロッコ。フランスの有名な街はほとんど旅行して、少しアレンジの加わったフランス文化に興味がある方には、ピッタリかもしれません。
執筆 Takashi












