日本の場合、チーズの材料といえば “牛乳” ではないでしょうか。もちろんフランスでも牛乳はチーズの原料として主流ですが、同じく chèvre(シェーブル)と呼ばれる山羊の生乳を使ったチーズも人気です。今回は、このシェーブルをご紹介します。
山羊のチーズ「シェーブル」
「シェーブル」とは、フランス語で山羊と、山羊の生乳を使って作ったチーズに用いられる言葉です。
la chèvre と女性名詞として使われる場合は山羊を指し、
le chèvre と男性名詞として使われる場合はシェーブルチーズを意味します。
シェーブルは牛乳を使ったチーズよりも歴史が古く、フランスでは熟成の度合いから、カビをまぶしたものや木炭をまぶした個性豊かな味まで、多くの種類が作られている人気のチーズです。
山羊の生乳ならではの独特な風味と酸味があるため好みは分かれると思いますが、クセの強いチーズが大好きな私にとってはたまらない味。カマンベールなど、少し刺激のある匂いが好きという方であれば、きっとシェーブルにもはまってしまうはずです。
チーズが黒いのはどうして?形も味も個性的
先ほども少しご紹介した通り、牛乳を使ったチーズがさまざまあるように、シェーブルもたいへん種類が豊富です。今回はその中から、代表的なものをいくつかご紹介したいと思います。
Sainte-Maure Blanche /サントモールブラン
スーパーでもよく売られている、フレッシュチーズです。巻き寿司のような形をした真っ白いチーズで、酸味のある爽やかな味わいが特徴です。ちなみにパリのカフェでよく見かける salade de chèvre chaud(温かいシェーヴルチーズのサラダ)というメニューは、このチーズのスライスをバゲットとともにトーストしたものがサラダにトッピングされています。焼くと独特な風味が弱まるため、初めての方も試しやすい味です。
Crottin de Chavignol /クロタン・ド・シャビニョル
パリの北西に位置するロワール地方・シャビニョル村が発祥の、100%山羊の生乳を使用して作られているチーズです。大福やお饅頭くらいのサイズで、円筒形。名前に使われている crottin(クロタン)とは、フランス語で馬や羊などの糞を意味します。放置したチーズが真っ黒なカビに覆われ、その姿が糞に似ていたことから、このような名前を付けられたという説があるそうです。2週間の熟成で食べることができ、はじめは白い表皮をしています。熟成が進むと青や灰色のカビで覆われ始め、味もコクを増してゆきます。
Pouligny-Saint-Pierre /プリニー・サン・ピエール
ルーブル美術館の三角錐を彷彿とさせるような、ピラミッド型のチーズです。特徴的な形から「エッフェル塔」という名称でも親しまれています。原産は、フランス中部のベリー地方にある Pouligny-Saint-Pierre(プリニー=サン=ピエール)という名前の小さな村。塩分は控えめで、香りも穏やかなため、シェーブルの中でも食べやすい種類です。
Valençay /ヴァランセ
プリニー=サン=ピエールと同じく、ベリー地方の Valençay(ヴァランセ)村で生まれたチーズです。ピラミッドの頂きを切り落としたような台形が特徴的で、この個性的な形にはナポレオンに由来する逸話が語り継がれています。なんでもエジプト遠征に失敗したナポレオンが、ピラミッド型だったヴァランセを見て悔しさのあまり激昂し、上部を切り落としたのだとか。周囲には木炭粉がまぶされているため薄いグレーをしており、熟成が進むと酸味が穏やかになりミルクのコクと旨味が増してゆきます。
チーズ屋さんで探して欲しい、日本の食文化から発想を得た「Sakura No-Ha」
その他にも、ぜひ日本で暮らしているみなさまにもご紹介したいチーズが Sakura No-Ha です。
私がこのチーズを知ったのは、私が通っている現地のフランス語コースで、持ち寄りパーティーが開催された時でした。クラスを担当していたフランス人の先生が、私ににっこりほほ笑み「Japonのチーズよ」と言って食べさせてくれたのがこのチーズ。どうしてJaponのチーズなのかというと、中に日本の国花である桜の葉が挟まっているからです。そのため Sakura No-Ha や、フランス語で日本の花という意味の Fleur du Japon(フルール・ド・ジャポン)という名前で売られています。
Sakura No-Ha を作ったのは、フランスのノルマンディー地方の熟成士 Fabrice Aznarez(ファブリス・アズナレズ)さん。日本の食文化に影響を受けて作られたこのチーズは、その斬新な発想とおいしさから、美食の街として名高いリヨンで開催された国際チーズコンテストで受賞した他、農業展で金メダルも獲得しています。
私が訪ねたチーズ屋さんたちは、桜の葉はチェリーとアーモンドのような香りを持っている、と紹介してくれました。私も桜餅やあんぱんに使われた葉を食べたことがありますが「アーモンドのような香り」とは、日本にいる時には気づけなかった新鮮な視点です。けれどよくよく考えてみると、アーモンドの儚い白い花は、どこか桜に似ています。そこで調べてみたところ、植物分類でアーモンドは「バラ科サクラ属」に属するそう。似た香りを持っていても、不思議ではないのかもしれません。
桜の葉の少し甘く繊細な香りと濃厚なシェーブルチーズとの組み合わせは、一度食べると忘れがたいおいしさです。味わいはとてもクリーミー。食べる前に常温に戻しておくと、まるでカマンベールのようなとろりとしたテクスチャーを味わうことができます。
まとめ
フランスでは牛乳から作られたチーズと同じくらい身近な、シェーブルチーズをご紹介しました。
バゲットに乗せてコンフィチュールとともに食べるのはもちろんのこと、フレッシュタイプならモッツァレラのようにオリーブオイルと塩だけでもおいしく食べることができます。また、ブルーチーズとともにベシャメルソースに入れてチーズソースを作り、ローストした野菜や鶏にかけるのもおすすめです。よりクリーミーなソースに仕上がり、私のお気に入りの一皿です。
観光や留学でフランスに訪れた際は、ぜひチーズ屋さんやデパート、またはスーパーで探してみてください。
執筆 Megumi Saito