2日(土)、フランスで人気のある日本人漫画家、故・谷口ジロー氏(享年69歳)の作品で、小学校高学年の推薦図書にも指定されている漫画「魔法の山(仏名:La Montagne magique)」の中に児童ポルノを思わせる性的描写があるとして、国民教育省(Le ministère de l’Education nationale)が推薦を取り消すと発表した、と現地メディアが報じました。
魔法の山
「魔法の山」は2005年に週刊ヤングジャンプに2週連続で掲載された読み切りの作品です。高度成長期時代に、父親を亡くした兄妹が過ごすひと夏の不思議で切ないストーリーです。
あらすじ
4年前に出張中の事故で父親を亡くした健一と妹の咲子。重い病気の為に大阪で手術をすることになった母親と別れ、祖父母と共に地元の城下町「T市」で過ごすことになりました。
いつもの遊び場だった山の城跡には古い抜け穴があり、そこには「吸いつき婆」が住んでいるという怖い噂がありました。
ある日、雨宿りをするために入った郷土科学博物館で、健一は飼育されていたサンショウウオと会話できるようになります。サンショウウオから、俺を生きたまま泉まで連れていくことが出来れば望みをかなえてやる、と言われ、健一と咲子は…。
フランスでは小学校の推薦図書に
繊細な図柄と、少年の心の描写が美しく描かれているこの作品は、日本の小学校中学年から高学年に当たる、小学校第3サイクル(8歳~10歳、Cycle des approfondissements/Cycle 3、深化学習期)の推薦図書に国民教育省によって指定されています。(フランスの教育区分に関してはこちら)
フランスでシュバリエ勲章を受章している谷口氏
谷口ジロー氏はこれまでに、「父の歴」で第28回アングレーム国際漫画祭(Festival international de la bande dessinée d’Angoulême)全仏キリスト教会コミック審査員会賞受賞(2001年)、「遥かな町へ」で第30回アングレーム国際漫画祭最優秀脚本賞および優秀書店賞受賞(2003年)、「神々の山嶺」で第32回アングレーム国際漫画祭最優秀美術賞(2005年)を受賞するなど、フランスで高く評価されています。
また、フランスだけでなく、スペインなどでも数々の賞を受賞していて、世界のJirô Taniguchiとして知られています。
2011年にはフランス政府から「芸術・文学の領域での創造、もしくはこれらのフランスや世界での普及に傑出した功績のあった人物」に与えられる芸術文化勲章(L’Ordre des Arts et des Lettres)のシュバリエ(Chevalier)が授与されています。
この10年間でおよそ120名の日本人がこの芸術文化勲章を受章しています。
児童ポルノか否か
今回、児童ポルノと判断されたのは、作中でおじさんが子供たちに「吸いつき婆」の怪談話をしているシーンです。
くれーくれーちんぽくれー
言うて抱きついてくるんやで。そいでな。
ちんぽに吸いついて”うまいうまい”言うてしゃぶるんや。“おまえら子供のちんちんがいちばんうまい”言うてなぁ。
BIG COMICS SPECIAL 「魔法の山」より引用(原文ママ)
という一節です。
保護者が指摘
この表現について、パリ郊外南部に位置するヴァル=ド=マルヌ県(Val-de-Marne)のフレンヌ(Fresnes)にある小学校に通う子供を持つ保護者から、児童ポルノ的描写ではないか、と指摘がありました。
この指摘を受け国民教育省は、いかなる論争も避けるため、「魔法の山」を推薦図書指定から除外する判断を下しました。同省は「推薦図書に指定されている書籍の中身を確認しなければならないが、今回は私たちがミスを犯した」と推薦基準の判断の誤りを認めた形となりました。
保護者は「私の目的は不名誉を与えることではなく、この漫画が子供たちの手に渡らないようにすること」と述べています。
絵による性的描写は一切ない
しかし、今回の国民教育省の判断には、やりすぎではないかと疑問の声も上がっています。
実際にこのシーンでは、おじさんが少年たちに対して「吸いつき婆」の怪談をあからさまな表現で話してはいますが、あくまでもその土地に伝わる伝説、怪談話として話していて、絵による性的な描写は一切ありません。また、思春期が始まったばかりの少年たちの好奇心や、それをからかう大人の様子などが繊細に描かれていて、その土地の風俗を知ることができる貴重な描写とも言えます。
Une BD de Jirô Taniguchi jugée “inappropriée” retirée des écoles après la plainte d’un parenthttps://t.co/Tha0JCHTm7 pic.twitter.com/bXKq3ANkNx
— BFMTV (@BFMTV) 2019年2月2日
フランス国内では谷口ジロー氏のファンが多く、国民教育省の判断に戸惑いの声も多く、今後も「芸術」か「ポルノ」かの議論はやみそうにありません。
谷口ジロー氏の「魔法の山」が掲載されている「いざなうもの」は、小学館のビッグコミックもしくは電子書籍アプリなどでも購入することができます。
執筆:Daisuke