6月1日(水)よりフランスでは、不動産ローンを組む際の個人情報の取り扱いに関する改正法が適用されます。この法改正により、過去5年以上前に癌あるいはC型肝炎から回復した患者は、治療歴を表明しなくとも、不動産ローンを組むことができるようになります。
がん患者支援団体の声から
これまでフランスでは、不動産ローンを組む際に、過去10年以内にがんまたはC型肝炎の治療を受けていた人はその旨を表明するよう求められてきました。
しかし2017年頃から、がん患者の支援団体Rose upなどを中心に、がんの治療歴から回復した人が治療歴のない人と平等の条件で不動産のローン契約を結べるよう要請する声が大きくなりました。
当時、大統領選挙のためのキャンペーンを行っていたマクロン氏も、この動きを受けてマニフェストに法案改正を入れています。
有言実行
マクロン大統領は、マニフェスト通り、2021年2月に法改正を実現させました。
この改正により、がんまたはC型肝炎の治療を受けていた人が不動産ローンを組む際に、表明するべきとする治療歴が過去10年以内から5年以内に短縮されます。
他の慢性疾患たとえば糖尿病についても、2022年7月31日までに同じような条件緩和がなされる予定です。
さらに単身者向けでは20万ユーロ以内、カップル向けでは40万ユーロ以内の不動産ローンについて、治療歴に関する調査項目を削除することも決定されました。
がん患者の早い社会復帰へ
がん患者の支援団体Rose upの創設者セリーヌ・リ=ラオ(Céline Lis-Raoux)氏は、この法案が国会で合意を得た2022年2月、がん患者のいち早い社会復帰のために「大きな一歩だ」と喜びを示しました。
これまでは治療が終わった患者が、そもそも銀行口座すら開設できず、不動産契約を結べない場合もあったといいます。たとえ不動産ローンを組むとしても、高い保険金をかける、あるいは死亡など保険金の高い項目を除外した保険契約を結ぶなどが求められ、社会復帰を妨げてきました。
今回の法改正によりフランスは、国内に約300万人いるとされるがん患者、また1000万人の慢性疾患患者の権利保護に向けて一歩前進することになりました。
「忘れられる権利」
今回の改正法はフランスで、がん患者の「忘れられる権利(droit à l’oubli)」と呼ばれています。
「忘れられる権利」とは、データがその使用目的との関係で不必要となった場合やデータ主体が希望する場合などに、データの管理者に対して、自らに関する個人データを削除させる、あるいはそのデータの拡散を停止させる権利を指します。
この権利は、2009年11月6日、フランス国民議会に提出された法案などをきっかけにヨーロッパで議論されるようになりました。
2012年に、欧州連合の「一般データ保護規則提案(Règlement général sur la protection des données)」が改正され、第17条に忘れられる権利が定められました。
このように「忘れられる権利」は、ヨーロッパでしばしば、個人情報の取扱いについての人権保護という文脈で使われる場合が多い用語です。
フランス国内での「忘れられる権利」
欧州連合においては、2014年には「忘れられる」権利から「削除」権という用語に変更されましたが、フランス国内法については当初の用語が現在も使われています。
執筆あお
参照
石井 夏生利(2015)「『忘れられる権利』をめぐる論議の意義」情報管理58.4, 271-285.リンク