1月25日(火)、ナチス・ドイツがフランス占領時代にユダヤ人から没収や強制売却した美術品の多くは、90年経った今でも所有者のもとへ返還が完了していません。それらの作品のうちルーブルなど国立美術館が保有しているフランス国有文化財指定の15点に関し、所有者への返還に向けた法案の審議が本日より国会で行われます。
クリムト、シャガールなど15点、フランス国有文化財指定作品
今回の法案改正の対象となる美術品15点は、フランス国有文化財のコレクションのために国が競売で購入したものです。
国有文化財に指定されている美術品は、法律によりその「不可侵性」が守られているため、ナチスによる強制売却前の所有者の特定と所有権の正当性が証明できたとしても、その返還には法改正が必要になります。
ちなみに、同じ国立美術館が購入した美術品でも、フランスの国有文化財に指定されていない作品は、単なる「政令」の発動により持ち主への返還が可能になりますが、指定されている場合は今回のような手続きをとる必要があります。
クリムトの『木の下のバラ(Rosiers sous les arbres)』
15点のうちの一つで現在オルセー美術館にあるクリムト(gustav Klimt)作『Rosiers sous les arbres(木の下のバラ)』は、クリムト作品のなかで唯一国有文化財コレクションに入っています。
この作品は1980年にある美術商からフランス政府が購入したものです。
長年の調査の結果、この作品はオーストリア国籍のユダヤ人、エレオノール・スティアスニー(Eleonore Stiasny)さんが1938年、ナチスにより強制的に競売にかけられ売却せざるを得なかったことが判明しました。スティアスニーさんはその後、強制収容所に送られ処刑されています。
他の作品のうち11のデッサンとワックス彫刻は、ルーブル美術館、オルセー美術館、パリ郊外のコンピエーニュ城のミュージアム(Musée du Château de Compiègne)に収蔵されています。
シャガールの『Le Père(父)』やユトリロも返還へ
返還が予定されている重要な作品には、ユトリロ=ヴァラドン美術館(Musée Utrillo-Valadon)に収蔵されているユトリロの『サノアの交差点(Carrefour à Sannois)』やポンピドゥーセンター(Centre Pompidou)が収蔵し、1988年に国有文化財に指定されたシャガールの『Le Père(父)』も含まれています。
1911年か1912年に描かれたこのシャガールの作品は第二次大戦前に手放され、1940年にポーランドでユダヤ人の強制収容所への送還が始まるまで同国で売買されていました。今回の調査によりこの絵の所有者として認められたのは、音楽家で楽器屋を営んでいたダヴィド・ソンデール(David Cender)さんというポーランド国籍のユダヤ人でした。
ソンデールさんは1958年にフランスに移住しています。
法案通過すれば今後の返還への大きな一歩
所有者の特定は、1999年に作られたナチス略奪犠牲者補償評議会(Commission pour l’indemnisation des victimes de spoliations (CIVS))により行われます。
すでに今回の返還に関する法案は国会の文化評議会を満場一致で通過しており、国民議会での決議が行われると「今後の返還や基幹法の成立などに向けた大きな一歩となる」と、この法案を提出した議員ファビエンヌ・コルボック(Fabienne Colboc )氏はコメントしています。
フランスだけでナチスによる没収、強制売却の美術品は10万以上
フランス文化省でナチス売却の美術品返還チーム責任者ダヴィド・ジヴィ(David Zivie)氏によると、フランスではヴィシー政権が運営した美術品競売に関しては比較的記録が残っていますが、当時頻繁に行われていた民間の競売や美術商による売買は記録がほとんど残っていません。
1990年からナチス売却による美術品の出所調査は大きく前身し、ジヴィ氏率いる文化省付のチームが2019年に発足してから返還のスピードはさらに上がっています。
第二次世界大戦中にフランスで没収または強制売却されたユダヤ人所有の美術品は約10万点にのぼります。
そのうち45,000点が1945年から1950年の間に所有者に返還されており、13,000点は1950年に売却されています。
2,200の作品が国立美術館に保管され、所有者の相続人への返還を待っています。
執筆:マダム・カトウ