カンヌ映画祭:アラン・ドロン氏が名誉パルムドールを受賞 「女性蔑視」に対して反対署名も

2019.05.20
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19日(日)、フランス南部のリゾート地カンヌ(Cannes)で開催されている第72回カンヌ国際映画祭(Festival de Cannes)で、フランスの名優、アラン・ドロン(Alain Delon)さんに、これまでの映画史における功績を称え「名誉パルムドール(Palme d’or d’honneur)」が贈られました。
一方で、これまでのアラン・ドロンさんの発言から「差別的で、同性愛嫌悪、女性蔑視」として、アメリカの女性活動家らが賞を授与しないよう署名活動を行うなど、波乱の受賞となりました。

 

アラン・ドロンさん

1935年、パリ近郊のソー(Sceaux)で映画館を経営する父と薬剤師の母の間に生まれたアラン・ドロンさんは、海軍に志願し、第一次インドシナ戦争に参加、1956年に21歳で帰国後は、パリの中心地6区にあるサン=ジェルマン=デ=プレ(Saint-Germain-des-Prés)で過ごします。

その翌年、1957年に女優のブリジット・オベール(Brigitte Auber)から「カンヌで映画祭が開かれるから、ぶらついてみたらどう? あなたほど美しければ、監督の誰かが声をかけるかもしれない」と言われ、後に俳優として活躍するジャン=クロード・ブリアリ(Jean-Claude Brialy)と共に、カンヌを上半身裸で散歩しているところをスカウトされ、その後の俳優人生が始まります。

複雑な幼少期

幼少期の両親の離婚、義父との不仲、異父兄妹のポール=エディット(Paule-Edith)ばかりを母がかわいがった事などから、愛情不足によって、学校で女生徒と度々問題をおこし学校を転々とします。また、母親への不信感が、その後の女性不信へと繋がり、女性蔑視とも取れる発言を繰り返します。

戦争を経験したことで、銃の扱いが非常にうまく、銃を用いたアクションシーンや殺しのシーンでの迫力のあるリアルな演技が好評を得ます。

代表作「太陽がいっぱい」

1960年にフランスとイタリアの合作で製作されたルネ・クレマン(Rene Clement)監督の「太陽がいっぱい(Plein soleil)」で、貧しく孤独な青年、トム・リプリー(Tom Ripley)を好演し、アラン・ドロンと言えば「太陽がいっぱい」と言うほど大ヒットを記録します。

その他に、同じく60年にルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)監督の「若者のすべて(原題:Rocco e i suoi fratelli)」、63年のアンリ・ヴェルヌイユ(Henri Verneuil)監督の「地下室のメロディー(Mélodie en sous-sol)」、68年のジャン・エルマン(Jean Herman)監督の「さらば友よ(Adieu l’ami)」など、数々の映画に主演として登場し、次々にヒットさせていきます。

 

女性蔑視と批判

数々の名映画に名を残し、映画史に貢献したとして、娘で女優のアヌシュカ・ドロン(Anouchka Delon)さんから名誉パルムドールが贈られたアラン・ドロンさんですが、普段から女性に対する発言などが問題視され、アメリカの女性団体が「差別主義で、同性愛嫌悪、女性蔑視(のアラン・ドロンさんに)、賞を与えるべきではない」とインターネット上で行った署名活動では25,000もの署名があつまるなど、注目されてきました。

アラン・ドロン氏が反論

これに対し、アラン・ドロンさんは「私は同性婚には反対していない。好きなことをすればいい。私には関係がないことだから。しかし、同性カップルが養子をとることには反対している。」と述べ、また「私は女性をたたいたことがあるか?(答えは)『はい』だ。しかし、私は、それよりも多くの平手打ちを受けている。私は人生において一度も女性を執拗に攻撃したことはない」と反論しています。

波乱を呼んだ今回の受賞ですが、アラン・ドロンさんがフランス映画史に多大な功績を残したという事実は、言うまでもありません。

執筆:Daisuke

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