2025年10月10日(金)、今から44年前の1981年10月9日、フランス国民議会は賛成多数で死刑を廃止しました。ミッテラン政権下で廃止に尽力した当時の法務大臣で、昨年95歳で亡くなったロベール・バダンテール(Robert Badinter)氏の遺体が9日、その偉大な功績を讃えてパンテオン(Panthéon)入りしました。
「生身の人間を切断する刃」-死刑囚の弁護士から死刑廃止の法相へ
1972年、当時弁護士だったバダンテール氏は、被告ロジェール・ボンテム(Roger Bontems)の死刑判決を受け「人を殺してもいない人間を生きたまま(ギロチンで)二つに切断して殺す」ような社会と、痛烈に批判しました。
被告は37歳の元軍人で、クレールヴォー(Clairvaux)刑務所で起きた拉致および殺人事件の主犯として死刑宣告をうけました。刑は同年、判決からわずか5カ月で執行されました。
実際に被害者に致命傷を与えたのは、その罪を認めた共犯者でしたが、ボンテム氏も同罪となる厳しい判決でした。
この出来事から20年後、バダンテール氏は当時を振り返って「死刑になる可能性がある被告を弁護したのはこの時が初めてだったが、プレッシャーと不安が交互する精神状態だった」と述べています。
この経験がミッテラン大統領下で法相となったバダンテール氏にとって、政治家人生の大部分を死刑廃止に費やす原動力となっています。
「殺人鬼の弁護士」のあだ名、「死刑は犯罪の防止にはならない」
その5年後、今度は7歳の子供の誘拐殺人という、国を震撼させる事件の被告を弁護しました。バダンテール氏は、最終弁護で陪審員に向け「刃が首を切断する音を思い起こしてほしい」と述べ、さらに「死刑が犯罪を思いとどまらせる要因にはならない」と訴え、終身刑を勝ち取っています。
「血でぬられた」フランスの司法が新たなページをめくる、歴史的演説で廃止が可決
1981年、ミッテラン元大統領に法務大臣に任命されたバダンテール氏は、当時国民の63%が死刑制度に賛成だったフランスで、死刑廃止に心血を注ぎました。
そして同年9月17日、歴史に残る演説で可決に導きました。
「明日、あなた方のおかげでフランスの司法は「人を殺す司法」ではなくなります。明日、あなた方のおかげで我々の恥である、夜明けにフランスの刑務所で黒い幕を被せられた密かな処刑は二度と行われなくなるでしょう。明日、血で塗られたフランスの司法は新たなページをめくるでしょう」
この時の演説の原稿は、同氏の遺体と共に棺に納められています。
パンテオン入りとは?フランスの偉人たちの墓廟
パリのパンテオン(神殿)は、1764年、ルイ15世によりパリの守護聖人、聖ジュヌヴィエーヴ(Sainte Geneviève)を祀るために建立されました。
ところが、フランス革命後の1791年、第一共和政下で国民議会はこの教会を無信教化し、古代ギリシャの神にちなんで「パンテオン」と改名し、フランスのために偉大な功績を残した人の遺体を祭る墓廟にしました。
ナポレオンの第一帝政時代には軍人も多く祀られていましたが、その後、この場所には分野を問わずフランスのために偉大な功績を遺した民間人が祀られることになっています。軍人はアンヴァリッド廟(hôtel des Invalides)に祀られています。
マクロン政権で5人目、パンテオン入り
最初にパンテオンに祀られたのはフランス革命初期の指導者のミラボー(Mirabeau)でした。
その後ヴォルテール(Voltaire)やルソー(Jean-Jacques Rousseau)などの哲学者、ヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)やエミール・ゾラ(Émile Zola)といった小説家、物理学者のキュリー夫人(Marie Curie)などが世界的に知られている人物ですが、文化人や学者だけでなく、第二次大戦中ナチスドイツに抵抗したレジスタンス活動家ジャン・ムーラン(Jean Moulin)やドゴール政権で長く文化相を務めたアンドレ・マルロー(André Malraux)といった政治家も少なくありません。
マクロン大統領がパンテオン入りさせた人物は:
モーリス・ジュヌヴォア(Maurice Genevoix:1890-1980)(作家、アカデミーフランセーズ永久書記)
シモーヌ・ヴェイユ(Simone Veil:1927-2017)(政治家、人工中絶の自由化「ヴェイユ法」)
ジョセフィーヌ・ベイカー(Joséphine Baker:1906-1975)(歌手、レジスタンス活動家)
ミサク・マヌキアン(Missak Manouchian:1906-1944)(レジスタンス活動家)
そして、ロベール・バダンテール(Robert Badinter:1928-2024)(弁護士、政治家)となります。
ちなみに現在82人(うち女性7名)がパンテオンに眠っています。
執筆:マダム・カトウ