調和の取れた石造りの重厚なパリの街並みは、どこを切り取っても画になる魅力を放ちます。その一方で伝統的な街並みに調和しない建物も少なからず存在します。今回はパリの景観には合わないと批判・論争の的になった、周囲から若干「浮いた」建造物をご紹介します。
反対運動が続く建設中の高層ビル La Tour Triangle
2024年パリ五輪の主要会場だった15区のポルト・ド・ヴェルサイユ博覧会場(Parc des Expositions de la Porte de Versailles)のすぐ横に、長い間建設工事が続いている場所があります。2026年完成を目指す新しい三角形の高層ビル、La Tour Triangle です。
完成すれば地上42階建て、高さ180メートルとパリで3番目に高い建造物になり、総工費は約6億6000万ユーロ(約1094億2569万円/1ユーロ=165円)という大規模プロジェクトです。ホテル、レストラン、オフィスなどが入る多目的ビルになる予定です。
写真:La Tour Triangleの建設現場
建設用地はパリ市が所有していたもので、2015年に現パリ市長のイダルゴ氏が建設許可にサインし、22年2月になってようやく工事が開始されました。
近隣住民はもともと交通渋滞の激しい場所がさらに混雑することを憂慮し、建設が進む今でも反対運動が続いています。また環境活動家は、建設中に排出される温室効果ガスが膨大であるとして反対しています。またパリの開発計画にはつきものの、近代的な高層建築はパリの街並に溶け込まないという景観面を危惧する声も出ています。
こうした建物関連の物議は今に始まったことではありません。誰もが知るパリのランドマークも、建設当時は大論争となった過去があります。
「鉄の刺繍」エッフェル塔も景観を乱す存在?
今ではパリの象徴とも言えるエッフェル塔も、景観を乱すとして建設当初に大論争が巻き起こったのはよく知られています。
エッフェル塔はフランス革命100周年の1889年に開催されたパリ万博のモニュメントとして建設されました。300メートルという当時世界一の高さを実現するには、重量がかさむレンガや石での建設は不可能で、当時としては斬新な鉄骨によるデザインが採用されました。
この「鉄塔」がパリの伝統的な石造りの街並に合わないと猛反発を受けます。作家のモーパッサンは、パリ中どこからでも見えてしまうエッフェル塔を極度に嫌い、エッフェル塔を見ずに食事ができる塔内のレストランに通ったというのは有名な話です。
また2年2ヶ月という当時としては考えられないほどの短い工期であったことから、近隣住民から塔が倒れないか心配する声も多く上がったといいます。
こうしたこともありエッフェル塔は完成後20年で解体される予定でした。ですが蓋を開けてみると商業的には大成功。開業1年目の入場料収入で建設費のほとんどを回収できるほどの人気ぶりでした。
さらには無線中継地や気象観測などにも活用されるようになり、20年後の解体は逃れ、現在パリになくてはならないモニュメントになっています。
ルーブル美術館の透明ピラミッド
エッフェル塔完成からちょうど100年後の1989年、ルーブル美術館中庭に世界的建築家Ⅰ.M.ペイによるガラスのピラミッドが建設されました。
このデザインが公表された際、絵に描いたような伝統的西洋建築の宮殿の中庭に、外国の遺跡をモデルにした現代的建造物を設置することに大論争が巻き起こります。その論争を鎮めるため、当時のパリ市長のシラク氏はピラミッドの実物大模型を一時的に設置しました。それを見て意外に悪くないとなったのか、批判の声は収まったそうです。
ガラスのピラミッドはルーブル美術館のランドマークとなりましたが、個人的にはいまだにどこか周囲から浮いているように見え、本当に必要なのか疑問に思うこともあります。ただ重厚な建築のルーブル美術館も最初はセーヌ川のほとりに建つ砦がルーツで、その後増改築が繰り返され宮殿、そして美術館になったという歴史を持ちます。時代に合わせて常に新しい価値観を提供してきた場所と考えれば、現代建築のピラミッドもその流れに逆らうものではないのでしょう。
配管むき出しのポンピドゥー・センター
パリでもっとも前衛的と言われる建物がジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター(le centre national d’art et de culture Georges-Pompidou)、通称ポンピドゥー・センター«le Centre Pompidou»です。パリジャンは、同センターがある地区の名前から «Beaubourg»と呼ぶことが一般的です。
ピカソやマティス、ダリ、ウォーホルなどの作品が多数収められた近現代美術館として有名ですが、図書館や映画館なども内包するメディアテークというのが本来の役割です。
写真:色とりどりのパイプに覆われたポンピドゥセンター
異様な雰囲気を醸し出す建物は、高い場所からパリを一望したときにもよく目立ちます。この建物が1977年の開業当時に大いに物議を醸したことは容易に想像がつきます。
ただ、この特徴的なデザインは機能を追い求めた結果でもあります。展示スペースをできるだけ広く、またできるだけ展示しやすい壁の形状にするため、邪魔になる配管類や階段などをあえて建物の外側に配置しているのです。
さらに空調関連の配管は青、水道関連は緑、電気関連は黄色、エスカレータやエレベーターなど人間の動線は赤と色分けされ、奇抜なカラーリングにも意味が与えられています。
「黒い未亡人」モンパルナスタワー
いまだにパリ市内唯一の高層ビルと言われるのが、14区にあるモンパルナスタワー(la tour Montparnasse)です。パリ中心部からもよく見える黒い建物は、1972年の建築当時はヨーロッパで最も高く、現在でも塔を除くとフランスで最も高いビルだそうです。
モダニズム様式が流行していた時代の機能重視デザインですが、やはりパリの景観に合わないと批判され「黒い未亡人«veuve noire»」などといわれてきました。これは他に高い建物がない場所に1棟だけ建つ黒いタワーを揶揄したもので、フランス語のveuve noirには「遺産狙いの結婚を繰り返す人」というネガティブな意味合いがあります。
写真:周りに高層ビルのないモンパルナスタワーはよく目立つ
個人的な印象ですが、モンパルナスタワーはエッフェル塔のようなパリのランドマークにはなれず、完成から50年が経った今でも相変わらず批判されているように思います。
そのためかどうか、2025年から4年にわたる改修工事が予定されており、新しいモンパルナスタワーは全面ガラス張りの透明感あふれる建物に生まれ変わる予定です。新しくホテルやレストランも入るようです。
賛否をともなうランドマーク
パリのランドマークの歴史を見ると、とにかく何か新しいこと、人と違うことをしたいというフランス人の気質が見え隠れします。
大規模な火災被害にあったノートルダム寺院も、マクロン大統領が「より美しく再建する」と復元以外の可能性に言及し、ガラス張りの天井やゴシック建築の尖塔をオマージュした高い塔など、さまざまなアイデアが出ました。
フランスは今後も賛否両論・大論争を巻き起こしながら、あっと驚くようなランドマークを生み出してくれることでしょう。
執筆 Takashi