人名がついた通りや施設の多いフランス、その背景は?

2023.08.23

シャルル・ドゴール空港やポンピドゥ・センターなど、フランスでは施設や駅、通りなどの名前に人名がついていることがよくあります。今回は、フランスでよく見るそういった地名や施設名、単語などをご紹介するとともに、人名をつける傾向が生まれた背景に関して考察してみたいと思います。

 

通りの名前や施設名で一番多い人名は?

パリのコンコルド広場から地下鉄1番線に乗ってシャンゼリゼ通りの真下を凱旋門の方向に進むと、Champs Élysées – Clemenceau、Franklin Roosevelt、George V、Charles de Gaulle – Étoileと人名のついた駅名が続きます。パリの駅名に限らず、通りの名前でも人名由来のものがフランス全土にあふれています。

ある統計によると、通りの名前で最も多いのが、現在の第五共和政の最初の大統領の名前から取ったCharles de Gaulle通りで、フランス全土に4,000もあるとのこと。たしかに地方の小さな村に行ってもCharles de Gaulle通りはよく見かけます。

その次に人気なのが細菌学者のLouis Pasteurで全国に約3,000。それに続くのが「レ・ミゼラブル」作者のVictor Hugoで、全国に約2,500あるそうです。

一方、教育施設に最もよく使われるのは、19世紀に教育大臣と首相を務め、初等教育の無償化や女子中等教育の拡充を図ったJules Ferryの名前だそう。また文化施設や図書館の名前で最も使われるのが「異邦人」の作者として有名なAlbert Camusとのこと。教育・文化施設に、教育の普及者や有名な作家の名前が付けられるのは当然のことでしょう。

(写真)パリ凱旋門最寄りのCharles de Gaulle – Etoile 駅

 

政治体制で何度も変わる地名

17世紀までは人名を地名や施設名に使うことはフランスでもあまりなかったようで、「肉屋通り」や「教会広場」など、近くの施設の名前を冠するのが一般的だったようです。

18世紀になって都市が拡大していき単純な名前ではすべての地名を表せなくなったところ、公共の場所にその当時の実力者や有名な人の名前がつけられるのが流行り始めたそうです。

しかし実力者は時代とともに変わります。そのため同じ場所でも体制が変わるたびに名前が変わることはよくあるようです。例えばパリのコンコルド広場は、王政時代には「ルイ15世広場」や「ルイ16世広場」と呼ばれていましたが、現代の共和制のもとで「調和、融和」といった意味のconcordeの名前がつけられました。

また、パリ中心部のセーヌ川に浮かぶシテ島の河岸は、ナポレオンが第1帝政を始めた1804年には「quai Napoléon(ナポレオン河岸)」と名付けられましたが、復古王政時代の1816年には「quai de la Cité(シテ河岸)」に改名。七月王政時代の1834年にはまた「quai Napoléon」に戻り、 第三共和政期の1873年には「quai de la Cité」に再改名された後、1879年に「quai aux Fleurs(花の河岸)」と呼ばれるようになり現在にいたります。

 

意外に少ない「ナポレオン」

今回の記事を書くにあたって個人的に意外だったのが、現代フランスのあらゆる基礎を築いたとされるナポレオンの名前を冠した地名や施設があまり見つからなかったことです。

どこに行ってもナポレオンの名前は聞きますし、フランスではナポレオン時代に建設されたことを示す「N」がついた建造物をよく見かけます。ですが「ナポレオン通り」や「ナポレオン広場」はあまり聞きません。実際、パリでは6区に rue Bonaparte(ボナパルト通り)というナポレオンの名字のついた通りがひとつあるだけだそうです。

しかしナポレオンが実権を握っていた時代には、ナポレオンの名前は溢れていたようです。例えば、現在は「Avenue de l’Opéra」と呼ばれるパリのオペラ座前の大通りは、ナポレオン時代は「Avenue Napoléon」でした。

ナポレオンの名前を冠した地名や施設名がなくなった背景には、やはり政治的な理由があるようです。パリ市議会が1877年に出した「De la nomenclature des rues de Paris (パリの通りの命名法)」という決定事項の中に「大衆の感情を傷付ける可能性のある政治的な名前は付けないこと」という一文があり、「ナポレオン」の名前はその規定に引っ掛かると判断されたとのこと。

この決定がパリコミューンから始まった第三共和政時代になされていることを考えると、市議会によるこの判断自体が多分に政治的なものと言えるでしょう。

(写真)ナポレオン3世時代に建設されたパリのサンミシェル橋。ナポレオン時代に建設されたことを示す「N」がついた建造物は多数あるが…

 

社名や一般的な単語でも

フランスの有名な企業には、創業家の名前をそのまま社名としていることがよくあります。Louis VuittonやCartier、Chanel などは言うまでもなく、自動車企業のPeugeotやCitroën、Renaultも創業者の名字です。日本でもトヨタ自動車や三井物産、竹中工務店など、創業家の名前が社名につくことは珍しくないので想像しやすいと思います。

一方、人名がそのまま一般的な単語となっている例は日本語ではあまり見ません。例えば、ゴミ箱を指す普通名詞のpoubelle は、1883年にパリの街にゴミ箱を設置することを提唱した当時のセーヌ県知事のEugène René Poubelle の名前からきています。純粋に街の美化に貢献したことを称えてのことでしょうが、自分の名前がゴミ箱を指す単語になるというのは若干複雑な気持ちかもしれません。

また動詞のpasteuriser(殺菌する)は、有名な細菌学者のLouis Pasteurの名前が元になっています。低温殺菌された牛乳のことをlait pasteuriséと呼ぶなど、日常会話でもよく登場する単語です。

 

全体より個人を称えるメンタリティ

フランスでは現代でも、Michel、Maria、Anna、Adamなど、神話の神々やキリスト教の聖人の名前を子供に付けることが一般的です。この傾向を見ると、過去の偉大な先人の名前をつけることがもともと社会に根付いているのかもしれません。

また、西洋的な個人主義も根本にあるのかもしれませんが、フランスで仕事をしているとよく感じることに、チームで何かを達成した場合でも、その中にいる各個人の功績を讃える傾向があります。日本では客先に何かを提示する場合、会社名を前面に出しますが、フランスではその事案の担当者の名前が前面に出てくることがよくあります。また、上司が今回の件は部下の誰々さんのおかげで達成できました、などと言い添えて担当者の功績を強調することも頻繁にあります。

先人の名前をつける、また個人の功績を称えることがフランス社会においては一般的と考えると、実力者や有名な人の名前を地名に引用するというメンタリティが理解できるように思います。

(写真)原始美術専門のケ・ブランリ美術館は、パリ市長時代に建設を発案したシラク元大統領の名前がサブネームとしてつけられている

 

フランス社会の歴史を知るきっかけにも

人名がつけられた施設などには、その人の経歴を称える説明文が添えられていることがよくあります。日本人には聞いたことのない名前でも、フランス社会に多大な影響を残した人物であることも多々あります。気になった通りの名前などを調べてみると、フランスの新たな側面を知るきっかけになるかもしれません。

執筆 Takashi

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