7月26日(火)、マスタードといえばブルゴーニュ(Bourgogne)地方ディジョン(Dijon)の名産「ディジョン風マスタード」と世界的に知られるマスタードが、フランス中のスーパーの棚から消えてしまいました。小麦粉、ひまわり油に続き、フランスの庶民の食卓に欠かせないマスタードの供給が滞り、価格は14%も上昇しています。
フランス人一人当たりの年間マスタード消費量、なんと1キロ
年間フランス人一人当たりのマスタードは1キロです。
フランス語では「ムター(moutarde)」と呼ばれるマスタードは隠し味的にちょっとつけるイメージですが、よくフランス人の食生活をみると、その消費量の多さに納得します。
庶民の典型的な食事といえば、ランチはバゲットのサンドイッチ、がっつり食べるときは「ステーク・フリット(Steak Frites)」(ステーキとフライドポテト)ですが、これらの料理にフランス人は必ずマスタードをつけます。
意外にもアメリカの次にハンバーガー消費量が多いと言われる(マクドナルドの売り上げが世界2位)フランス人は、バーガーやウインナーソーセージにもケチャップよりマスタードをつけます。
サラダのドレッシングも「ピリッ」とするものが多いですが、やはりマスタードが入っています。
そのほか、肉料理にかける「ディジョネーズソース」といえばつぶ入りマスタードのソースであるなど、とにかくマスタードはフランス人の食事には欠かせないものなのです。
そのマスタードが品薄になり、スーパーの棚から消え、稀に在庫があっても購入は一人1〜2個までなど制限があります。
ディジョンマスタード売り切れの陰に、カナダの干ばつ?!
フランス名産のはずのマスタードの原料はアブラナ科カラシ菜の種子ですが、実はフランスで生産されているのはごく一部で、約80%がカナダからの輸入に頼っています。
カナダは世界一二を争うカラシ菜種子の生産国ですが、近年カラシ菜農家がより高く売れる小麦に生産をシフトする動きが出ていました。
しかも昨年の干ばつで、2022年初頭の生産量は前年の5割にあたる50,000トンにまで減ってしまっています。
ウクライナ侵攻の影響がここにも
フランス名産のはずのマスタードですが、ここでもウクライナ侵攻の影響が出ています。
実はロシアは世界有数のカラシ菜種子生産国、そしてウクライナでも生産されており、戦争で輸送などに大幅な遅れが出ています。
これらの影響で毎年フランス生産に必要な35,000トンが、今年は3分の1ほど不足しています。
「ディジョン風マスタード」、最大の生産国はカナダ
世界最大のディジョン風マスタードの生産国はフランスではなく、カラシ菜種子の輸出国でもあるカナダだということはあまり知られていません。
直訳すると「ディジョンのマスタード」(”Moudarde de Dijon”)と呼ばれるマスタードの原料のカラシ菜の種子は、ディジョンのあるブルゴーニュ地方産である必要もなく、生産する工場がディジョンにある必要もありません。
この点がA.O.C(Appellation d’Origine Contrôlée(アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ))と呼ばれる「原産地統制呼称制度」で保護されている「シャンパン」(Champagne)と大きく異なります。
残念ながら、フランス発祥の「ディジョンのマスタード」は、単に「ディジョン風マスタード」の製法を守って生産すれば、世界中どこで作ってもいいのです。
原料不足で14%値上がり、今年いっぱい在庫逼迫
フランスのマスタードの2大ブランド、「マイユ」(Maille)と「アモーラ」(Amora)の両方を保有するユニリーバ(Unilever)社によると、この不足は今年いっぱい続くようです。
ただ、同社は今年の10月の収穫期から供給が徐々に需要に追いついてくると見ています。
同じく、カナダ農業省も生産者側が高値に反応して生産面積を増やしてくるため、2022年から2023年期には原料の供給が十分に行われると予想しています。
今後数ヶ月、”wasabi”で我慢?
19世紀後半からブルゴーニュ地方で先祖代々マスタードを作るファロ社(Fallot)の社長、マルク・デザルメニアン(Marc Désarménien)氏も「フランス産カラシ菜の生産量だけでは、とても国内の需要を満たすことはできない」ため「ここ数ヶ月はマスタードなしで我慢してもらうしかない」と話しています。
お料理レシピサイト、マルミトン(Marmito)は、早速マスタードの代替えとして、6つの調味料を提案しています:
タヒーニ、ヨーグルト(?!)、エシャロット、ホースラディッシュ(西洋ワサビ)、ウスターソース、そして日本のワサビ。
美食の国フランスのこと、今年は「ワサビバーガー」なんていう「珍味」が流行るかもしれません。
執筆:マダム・カトウ