巨大広告に覆われたシテ島のパリ控訴審
先日10年ぶりにパリを訪問した友人が、ふと「パリって巨大広告が増えたね」と口にしていました。たしかに最近のパリでは、特に有名企業の巨大広告が以前よりも目立つようになりました。今回は、パリの街なかで増える巨大広告に関して考察してみます。
パリで増える巨大広告
私がパリ市内の巨大広告に気づき始めたのは、コロナ禍直前の2019年頃のこと。セーヌ川の観光船に乗ったところ、ルーブル美術館の壁に有名ブランドの巨大広告が貼られていたのです。船がシテ島にさしかかると、今度はコンシェルジュリーの壁面に別の有名ブランドのものが掲げられていました。
これまでの7年間のパリ生活で思い出すだけでも、マドレーヌ寺院やヴァンドーム広場、オルセー美術館、コンコルド広場に面するHôtel de la Marineなど、多くの観光スポットの壁に巨大広告を目にしました。現在は、オペラ座やシテ島のコンシェルジュリーの隣にある控訴院(Cour d’appel)、サンミシェル広場の噴水などに設置されています。
さすがに渋谷や新宿のようにいくつもの広告が咲き乱れる状況ではないものの、パリを1日歩けば何度か巨大広告を目にすることになるでしょう。実際、「Immeubles déguisés en pub」(広告に擬態した建物)と検索してみると次々と画像が出てきます。
人が行き交う場所の工事現場は広告で覆われていることが多い(写真はサンミシェル広場)
本来の目的は工事現場を覆うシート
巨大広告の設置場所には共通点があります。それは建築物の工事現場であるということ。日本では建物の工事の際に足場をシートで覆いますが、これはパリでも同じ。実は巨大広告は、広告である以前に工事現場を覆うシートなのです。
長らくフランスでは、歴史的建造物(monuments historiques)の外観への商業広告は、フランス文化遺産法(Code du patrimoine)により厳しく制限されてきました。しかし老朽化する建物の膨大な修復費用が確保できない事例が多く出てきたことから、2017年に法改正が行われました。
建物がシートで覆われている工事期間中に限り、また広告収入はすべて修繕費に充てることを条件に、歴史的建造物への商業広告の掲示が許可されるようになったのです。
景観と経済のせめぎあい
この規制緩和により、歴史的建造物の修繕費確保は容易になりました。また、視界をさえぎる工事用の囲いは広告という「見せる」ものになりました。
フランスを代表する高級ブランドが歴史的建造物を背景に広告を出すことで、観光都市パリにラグジュアリーなイメージを植えつけるのに成功している、と分析する記事もあります。
一方で根強い慎重論があるのも事実です。巨大商業広告がパリの景観や文化的アイデンティティを損ねるという声が多いのは理解できるでしょう。
また工事期間中のみの一時的なものであるはずが、修繕費確保のためとして恒常的な広告設置が認められる可能性も危惧されています。
渋滞に巻き込まれている時にもよく目につく(写真は2022年頃のマドレーヌ寺院)
「SNS映え」する広告
2024年のオリンピック開催に合わせ、パリではいろいろな建造物の補修が進められました。特にコロナ禍開けから開幕までは市内のいたるところで工事が行われていました。現在は工事が落ち着き、巨大広告の数も当時より減った感じはしますが、それでも10年前と比較すると多いです。
その背景にはSNS映えもあると言われています。もっとも典型的な例が、ルイヴィトンが本店の隣に建設しているホテルの工事現場でしょう。
ご存知の方も多いかと思いますが、2023年の秋、シャンゼリゼ通りに見慣れたモノグラム柄をまとう巨大トランクのオブジェが突如出現しました。これはこの場所にルイ・ヴィトン・ホテルを建設しているLVMHグループが、工事現場に設置したカバー兼巨大広告です。工事は2027年に完了予定で、それまで巨大トランクオブジェはシャンゼリゼ通りに鎮座するようです。
このトランクのような覆いはパリ市の認可を得ており、市には約170万ユーロの使用料が入るとのこと。一方で設置総面積が法の規定を超え期間も長期であるとして、環境派の市議や市民団体が提訴をしています。
この巨大トランクを初めて見たときは、きちんと認可を得ているのか疑ってしまうほど浮いていて、個人的には好きにはなれませんでした。ただ、世界一有名な通りに世界一有名なブランドの巨大な広告があるため、前を通る観光客はほぼ間違いなく写真を撮ります。それがSNSなどを介して広がりさらなる宣伝効果を生んでいると言われます。
規制緩和を最大限に活かすこのLVMH社のアイデアは、素直にさすがだなと思わされます。
今後の方向性にも注目
パリのような欧州の街では古い建物の改修・補修は日常茶飯事です。訪れた観光名所が改修中だったという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
個人的には、補修中の建造物もヨーロッパの古い街の風景のひとつだと思うので、工事現場を隠すためとはいえ巨大な商業看板が目立つのは少し違和感を覚えます。
景観と経済のバランスを保つため、パリ市およびフランス文化省は広告の審査を強化する方針です。今後は市民の意見を取り入れつつ、文化遺産と都市経済の共存の方向性を探っていくことになるでしょう。
執筆 Takashi