「ヨーロッパ的な街並み」と聞いてパリをイメージする人も多いのではないでしょうか。19世紀に皇帝ナポレオン3世とセーヌ県知事のジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン(Georges-Eugène Haussmann)が進めた都市計画に基づく伝統的なパリの街並みは美しく、ヨーロッパの都市を代表する景観の一つであることは間違いありません。
一方で人が多数集まる場所は常に変化していくもの。パリも他の大都市と同様、現代的な建築が増えています。その中でも日本人建築家による設計が、最近よく目立ちます。今回は、パリにおける日本人建築家による最新の建造物をいくつかご紹介します。
パリで増える現代建築
パリは景観規制が厳しく、例えばパリ中心部は建物の高さが25メートルに制限されています。また自分のアパートであっても、ベランダの柵のデザインや窓枠を変えたりするのは景観を変える可能性があるとして、届け出をする必要があるほどです。
一方で、エッフェル塔を立てたのもパリですし、カラフルな工場のようなポンピドゥセンターを建設したのもパリです。景観を守りつつも尖ったことをする精神は、パリにとって特殊なことではないとも言えます。
SANAA建築事務所によるサマリテーヌ百貨店リヴォリ館
パリ1区のポン・ヌフのたもとという一等地に、サマリテーヌ(Samaritaine)百貨店があります。ポン・ヌフの上にまだ露店が並んでいたころ、その中でも特に成功したコニャック夫妻が1870年に現在の場所で創業した、由緒正しい百貨店です。
1990年代に経営が悪化しLVMHグループに買収され、建物の老朽化も進んでいたためリノベーションが決定。その後土地の権利問題やコロナ禍などに苛まれ、2021年のリニューアルオープンまで約16年もの間、この一等地は工事中のフェンスに囲まれていました。
新生サマリテーヌ百貨店は、もともとの建物を修復したクラシックなポン・ヌフ館と、全面改築されたリヴォリ館の2つの建物からなります。
ポン・ヌフ館は元のアールヌーヴォー様式を保っており、細部まで工芸品のような仕上がりです。一方、リヴォリ館は日本のSANAA建築事務所が設計した完全な現代建築で、日本のトタン屋根をモチーフにしたとされる波打ったガラス板で覆われています。
ガラスの波板は二重になっており、パリの街並みをきれいに映します。晴れた日などは周りのオスマン様式の建物があまりにもきれいに映るので、一瞬そこにガラス張りの建物など存在しないかのようにも見えます。
ルーブル美術館やパリ市庁舎などクラシックな建物が並ぶリヴォリ通りの中では、全面ガラス張りのリヴォリ館は特異な存在にも思えますが、意外と街並みにしっくり馴染んでいます。
SANAAは妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニット。ベルギー国境に近いランス(Lens)に2012年オープンした、ルーブル美術館別館の設計も手掛けています。今後のフランスでのさらなる活躍を期待したいところです。
写真:サマリテーヌ百貨店リヴォリ館のファサード
安藤忠雄氏による美術館、ピノー・コレクション
同じくパリ1区、ルーブル美術館から北方面に歩いてすぐのところに、2021年にオープンした Bourse de Commerce – Collection Pinault があります。その名前の通り商品取引所(Bourse de Commerce)だった建物を改装した美術館です。バレンシアガやグッチを傘下に持つKeringグループの会長で、現代アートのコレクターとしても有名なフランソワ・ピノー(François Pinault)氏の個人コレクションを展示しています。
建物は主に穀物を扱う商品取引所として18世紀に建てられ、円形のいたってクラシックな外観です。穀物取引所という歴史は、パリ最大のマーケット(Les=Halles)のすぐ横という立地からもうかがえます。
面白いのは、この建物がパリの歴史的建造物として市の管理下に置かれていること。そこで美術館は市と50年の賃貸契約を結んで営業しているのです。そのため退去時の原状回復のことも考え、この建物自体の改装はせず、内装は全て取り外せるようになっています。その難しい課題に対応する設計をしたのが、日本の安藤忠雄氏です。
安藤氏が提案したのは、コンクリートで囲った円形の展示スペースを建物内部に設置するというもの。コンクリートと建物内の壁は3カ所で簡易的に繋がっているだけとのこと。歴史的建造物の中の広い空間に、現代的な鉄筋コンクリート造の美術館を建てたと考えると良さそうです。
丸く囲われた展示室の上にあがれば、元の建物の構造や修復された天井画などを見ることができます。またコンクリートはパネル型で構成されており、その一つひとつの大きさが畳一畳のサイズになっているなど、「日本」の要素が隠れているのも面白いところです。
写真:ピノーコレクション現代美術館外観
坂茂氏によるLa Seine Musicale
厳密にはパリ市ではないのですが、メトロでパリ中心部から20分程度でアクセス可能なブローニュ=ビヤンクール市(Boulogne-Billancourt)に「La Seine Musicale」という劇場があります。セーヌ川に浮かぶ中洲のセガン島に建てられ、2017年にオープンしました。
坂茂氏の設計で、船をイメージさせる基礎部分と丸いドーム、それに帆のような形の太陽光パネルが組み合わさった建物です。6000人収容可能なメインホールと1150人収容可能な音楽用ホール、音楽学校などがあり、Musicaleの名前の通り音楽芸術のすべてが包含された施設です。
宇宙的とも思える外観もさることながら、帆に見える太陽光パネルが太陽の向きに合わせて、発電効率の高い位置に移動するのも特徴的です。坂茂氏は、メッス(Metz)にあるポンピドゥ・センター別館の設計も手掛けており、建物内側のハニカム(六角形)構造の柱など共通する要素も見えます。
写真:帆をイメージした太陽光パネルはドームの周りをレールに乗って回転できるようになっている
ちなみに劇場では、2015年にオープンしたパリ19区のラヴィレット公園の中にあるフィルハーモニー・ド・パリ(Philharmonie de Paris)の大ホールの音響設計も、日本の永田音響設計とのこと。クラシック音楽の本場であるヨーロッパで日本の企業が音響設備を手掛けているところに、その技術力の高さがうかがえます。
街並みの調和を乱さない点が評価
文化や食、技術にいたるまで日本に対する関心が高いフランスでは、日本の建築家が手掛けた建物はそれだけでも話題になります。ただ日本の建築家も、斬新なデザインながらも街並みの調和を乱さないという点が評価されているようです。
劇場、美術館、デパートといった公共の施設に採用されていることから、今後ますます日本人建築家の作品が広がっていくことを期待したいところです。