フランス語オンライン辞書に人称代名詞iel追加 フランス社会へのインパクトはいかに?

2022.01.17

フランス語 iel, ielsフランス語辞書「ル・ロベール(Le Robert)」は定期的に、オンライン辞書に新語を追加しています。2021年11月には、passe sanitaire(「コロナパスポート」)antivax(「ワクチン反対派」)などに加え、人称代名詞il(彼)とelle(彼女)を組み合わせたielが追加されました。

 

人称代名詞iel

ル・ロベールのオンライン辞書では、以下のようにielを定義しています。
«pronom personnel sujet de la troisième personne du singulier et du pluriel, employé pour évoquer une personne quel que soit son genre. L’usage du pronom iel dans la communication inclusive (sic).»

(単数および複数の、三人称の人称代名詞で、性を問わずに人称を想起するために用いられる。インクルーシブなやり取りにおける、代名詞ielの用い方。)

フランス語では、三人称単数の人称代名詞を、性別によって使い分けます(男性形にはil、女性形にはelle)が、このielは両方の性を含むとして、男性形にも女性形にも分類されない概念を表すことができるようになると説明されています。

「インクルーシブ言語」として

性のステレオタイプを伝えることなく、性別や性的アイデンティティがなんであれ差別的でない形の表現は、「インクルーシブ言語(le langage inclusif)」と呼ばれます。言語は文化的また社会的に権力をもつものだとして、インクルーシブ表現は性的平等の実現などに貢献するものと考えられています。

このような表現を公的文書などで用いるために、近年は「インクルーシブ表現(écriture inclusive)」のガイドラインを設ける公的機関もあります(例えば国際連合)。

社会のなかの権力関係に目を向けるwoke

今回、ielが辞書に追加されたことは、社会において権力の下におかれる人(例えば女性、黒人、性的マイノリティ)などに意識を向けるための取組みとして注目されています。

英語圏では、このような運動をwoke(wokismeとも)と呼んでおり、フランスの新聞にも取り上げられています。wokeは、英語のawake(「起きる」を表す動詞)の過去分詞であり、「抑圧や支配を自覚すること」を表します。

今後も新語を追加?

最近のフランスでは、ielの他にも、さまざまなインクルーシブ表現が使用されているようです。たとえば形容詞nouvelleau(「新しい」、複数女性形nouvellesと男性形nouveauxを組み合わせたもの)、指示代名詞cellui(女性形celleと男性形celuiを組み合わせたもの)などがあります。

今後これらの表現が必要とされる、あるいは使用される機会が増えると、フランス語辞書にはさらにインクルーシブ表現が増えることになります。ル・ロベール社は、今後の状況を見て判断する方針を示しています。

 

フランス語へのインパクトはいかに?

ル・ロベール社のマリーヌ=エレーヌ・ドリヴォー(Marie-Hélène Drivaud)氏は、すでに多くの辞書がインクルーシブであると強調します。一方で、男性形の名詞は、しばしば人間全体を表すものとして用いられている現実があります。

フランス語辞書のラ・ルース社のベルナール・セギリーニ(Bernard Cerquiglini)氏は、(辞書をつくることは)言語システムにかかわることであるとしつつ、人称代名詞は4世紀以来、変わっていないと述べています。さらにフランス語は二つの性にもとづいており男性形は「総称」としての機能をもち、これは俗ラテン語から引き継がれるものだといいます。

ielはフランス語の言語体系にまでインパクトを与えるものとなるのでしょうか。

インクルーシブ表現としての妥当性

言語学者の中には、ielのインクルーシブ表現としての妥当性を批判する人もいます。

言語学者ジャン・プルヴォスト(Jean Pruvost)はielという表現が、男性形のilのあとに女性形elleを組み合わせたものであり、結局は性の平等を達成できていないことを指摘しています。すでに多く用いられているinstituteur.ice(教師、指導者)やauteur.ice(作家、筆者)も同じ論理で、インクルーシブであるはずの表現が、従来の権力関係を含むものだといいます。

また、ielは男性形でも女性形でもない「中性形」を意識したものであり、この点で英語化につながっている、という指摘もあります。フランス語には中性形がない以上、上述のinstituteur.ice、またcelles et ceux(これら)、Françaises et Français(フランス人)のように男性形と女性形を併記することが妥当な解決策だという意見です。

 

国民教育相からの批判

ielの追加に関しては、政府内の議論をも呼んでいます。下院議員フランソワ・ジョリヴェ(François Jolivet)氏は、「若者が主に使っている」ことを理由に、ielの追加を批判し、アカデミー・フランセーズ(l’Académie Française、公式機関などで使用されるフランス語などを決定し、辞書や文法規則を公式に定める)に対して意見を提出しました。

国民教育相ジャン=ミッシェル・ブランケール(Jean-Michel Blanquer)氏はジョリヴェ氏の意見に賛同しており、「インクルーシブ表現はフランス語の未来ではない」とTwitterに投稿しています。

ロベール社の立場表明

ル・ロベール社のシャルル・バンブネ(Charles Bimbenet)氏は、これらの意見に対し、ielの使用はそれほど見られないものの、ここ数ヶ月で使用例が増えているとして、新語ielの追加を取り下げていません。

バンブネ氏は、ielを辞書に追加する目的は、この語を使いたい、あるいはそうでない人にとって定義を明らかにする必要を認めたためだとしており、必ずしも政治的な運動ではないという姿勢を示しています。

フランス社会へのインパクトはいかに?

新語ielは、近年のフランス社会を反映する用語として辞書に追加されました。この追加は、フランス社会を動かすことにつながるのでしょうか。今後の議論にも注目していきたいです。

執筆あお

参照
Le Robert DICO EN LIGNE iel
国連HP Le language inclusive CONTEXTE ET OBJECTIF

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