パリ ノートルダム大聖堂で大規模な火災 尖塔が崩落

2019.04.16
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15日(月)夕方、パリ中心地のシテ島(Île de la Cité)にある有名な観光名所のノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)で大規模な火災が発生しました。この火災により尖塔(せんとう)が崩落、屋根を支える木造構造部分も壊滅的な損傷を受けています。火災の原因は、大聖堂で行われていた修復作業に関連している可能性がある、とのことです。

 

炎を上げて崩落していくノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂の広報担当によると、火災は18時50分頃(日本時間:16日午前1時50分頃)に屋根裏で発生し、急速に屋根全体へと広がりました。

火災発生から1時間後の19時50分頃、大聖堂の尖塔(中央のひときわ高い尖った塔の部分)と中央の鐘が崩壊しました。動画では、火災の様子を見守っていた周囲の人達から悲鳴が上がっているのが分かります。消防によると、この火災で、屋根のおよそ2/3が完全に消失したということです。

午前1時(日本時間8時)になっても完全には鎮火せず、現在も消火活動や文化財の保護活動が続けらていました。

午前3時30分(日本時間11時30分)頃、ようやく鎮火したと発表がありました。(17:35追記)

甚大な被害

ノートルダム大聖堂の象徴的な、正面の2つの塔や建物の構造は崩壊を免れましたが、尖塔と屋根の大部分が焼失しました。内部の祭壇、十字架などはそのままの状態で残っていますが、天井部分は大きく破壊されています。

内務省( le ministère de l’Intérieur)によると、キリストの「茨の冠(la couronne d’épines)」や「ルイ9世のチュニカ(la tunique de Saint-Louis)などの聖遺物を含む、文化財の少なくともおよそ30パーセントは保存されているということです。

 

世界遺産ノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂は1163年に建設が開始され、1225年に完成し、その後も工事が続けられ、最終的に竣工したのは建設開始から182年後の1345年です。美しい色合いと荘厳な佇まいから、「白い貴婦人」の愛称で親しまれてきました。1991年には、周囲の文化的遺産と共に「パリのセーヌ河岸(かがん)」としてユネスコの世界遺産に登録されました。

様々な映画、歌の題材としても登場し、「ノートルダムのせむし男(Le Bossu de Notre Dame)」を題材にした「ノートルダムの鐘」は、映画やミュージカルとして今なお世界中で愛されています。

マクロン大統領、イダルゴ市長が声明

今回の火災を受け、政策発表のテレビ演説を予定していたエマニュエル・マクロン(Emanuel Macron)大統領は急遽予定を中止しました。「我々は再建する」「まだ闘いは続いているが、最悪の自体は避けられた」と声明を発表しています。

また、アンヌ・イダルゴ(Anne Hidalgo)パリ市長は、ノートルダム大聖堂から文化財を運び出した消防隊員や警官たちに向け感謝のツイートをしています。

今晩、ノートルダム大聖堂の文化財救出を、素晴らしい人間の鎖によって尽力してくださった消防隊員、警官、市職員に感謝します。「茨の冠」や「ルイ9世のチュニカ」またそのほかの重要文化財は無事です。

ノートルダム大聖堂火災のニュースに、フランスだけでなく世界中が衝撃と悲しみに包まれています。再建には膨大な時間と費用が掛かるとみられていますが、再び白い貴婦人がもとの姿になることを願うばかりです。

執筆:Daisuke

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