突然ですが、以下の単語の共通点は何でしょうか?
absent / absorber / observer / obstacle
四つとも bs というつづりが入っていますが、もう一つ、それにともなう発音上の共通点があります。わからなかった方は辞書を引いて、発音記号を確認してみてくださいね。
absent の発音
absent をつづり通りに発音した場合、前回の「発音オセロ」の表記法(母音含め有声音は黒、無声音は白)であらわすと
[a b s ɑ̃ ] ●●〇●
このようになります。[s] だけが白=無声音で、この一瞬だけ声帯のスイッチを切るのはあまり省エネではありませんね。
前回のように黒にはさまれた白をひっくり返して [a b z ɑ̃ ] ●●●● としたいところですが、実はそうならず少しルールが変わります。結論から言うと、最終的な発音は以下の通りです。
[a p s ɑ̃ ] ●〇〇●
つまりここでは「三つ目の白石が両隣の黒石にひっくり返されて黒になる(無声音→有声音)」のではなく、「二つ目の黒石が三つ目の白石に合わせて白になる(有声音→無声音)」のです。
オセロのルールとは違ってしまいますが、こうなる理由がちゃんとあります。
二つの子音が並び、属性が異なるとき
その説明に入る前に確認しておきたいのが、この absent は
➀ 二つの子音が並んでいる(ここでは [b] [s] )
② それらの有声/無声の属性が異なっている
ということです。これはたとえば前回の saison など、「無声子音が母音にはさまれている」のとは違っているのがおわかりいただけるでしょうか。
このように二つの子音が並んだとき、ある法則がはたらきます。それは基本的に二つ目の子音の方が一つ目より強いということです。強めに発音されるということではなく(フランス語にいわゆるアクセントはないのでした)、立場が強いということです。
つまり二つ目の子音の有声/無声の属性はそのまま変わらず、立場の弱い一つ目の子音が二つ目の子音に「同化」する(属性を変える)のです。
たとえば absent という単語を音節の位置で区切ると ab | sent となります。ぶつかり合う二音のうち一つ目の [b] は音節の末尾に来ているのに対し、二つ目の [s] は音節の頭に来ています。この場合、音節の最初の位置にある音の方が、つづりの通りに発音される優先順位が高くなります。これが、二つ目の音の方が「立場が強い」と言った理由です。
なので冒頭に挙げた四つの単語はどれも、一音節目の最後にある b が、直後の s の影響で、無声音のペアである [p] で発音されるのです。
absent [a p s ɑ̃ ] ●〇〇●
absorber [a p s ɔ r b e] ●〇〇●●●●
observer [ɔ p ɛ r v e] ●〇〇●●●●
obstacle [ɔ p s t a k l] ●〇〇〇●〇〇
有声音 b が無声音 p とペアである理由
ところで、どうして [b] のペアは [p] なのでしょう?
それはこの二つが、有声/無声の違いを別にすればまったく同じ音だからです。
そもそも子音の“属性”は大きく分けて三つあります。一つが「有声か無声か」。そして残りの二つが「どこで (調音点) 」、「どうやって (調音法) 」発音するかです。
[b] も [p] も、どちらも両唇を使って発音するので調音点が同じです。また、どちらも一度せき止めた空気を一気に出す破裂音なので、調音法も同じです。
前回の記事で書いた無声-有声のペア([s]-[z], [ʃ]-[ʒ], [f]-[v], [p]-[b], [t]-[d], [k]-[g])はどれもそれぞれ、調音点と調音法が同じ。つまり口の中のどこを使って(唇、歯、舌、喉…)、どんな方法で(破裂音、摩擦音)発音するかがまったく一緒なのです。
Je ne sais pas が「シェパ」になる理由
そういえば昔、フランス語の勉強を始めて知っている単語ならそこそこ聞き取れるようになっていた頃。ネイティブの先生と話していてどうしても聞き取れないフレーズが一つありました。
その頃はただ「シェパ」としか聞こえなかったのですが、ある日よくよく聞いてみるとそれが Je ne sais pas だとわかりました。文字通り耳を疑いましたが、これも「同化」によって説明できます。
Je ne sais pas をゆっくり、しっかり読むと [ʒənəsɛpa] という発音になります。しかし口語だと ne がまるごと落ちるので、Je sais pas [ʒəsɛpa] となり、さらに Je の e も発音されないと [ʒsɛpa] となってしまいます。
これを発音オセロ表記で表すと [ʒsɛpa] ●〇●〇● となりますが、最初の [ʒs] のところで有声音と無声音がぶつかってしまっています。そこで「同化」が起こります。
[ʒ] (j, g)は歯と舌のあたりを使った摩擦音で、これと調音点および調音法が同じなのが [ʃ](ch の音)です。よって [ʃsɛpa] 〇〇●〇● となるのですが、[ʃ] と [s] もよく似ています。この二つはどちらも歯を使った無声摩擦音なので、「同化」を通り越して合体してしまい、最終的に [ʃ] だけが残ります。
だから Je sais pas を速く読むと [ʃɛpa] 〇●〇● になってしまうのです([p] 〇 はひっくり返らない)。
口語に多い
このように、読まれない e が引き金となって[ə] が落ちるせいで、両隣の子音の間で衝突事故が起こり「同化」に発展することが、口語では非常によく起こります。
たとえば Je pense [ʒəpɑ̃s]→[ʃpɑ̃s] や tout de suite [tudəsɥit]→[tutsɥit] などです。
聞き取りや自然な発音の手助けに
実際の会話や映画のフランス語になると、知っている単語なのに速くて聞き取れない…ということがありますよね。スピードが速いせいで詰まって発音され、それによって聞き取りづらくなるのももちろんですが、これまでお話しした「同化」が原因で音が変わり、そもそも元の発音のまま読まれていない、ということが実はかなり多くあります。
なのでネイティブの発音を聞いてみて、「あれ?おかしいな」「わからないな」と思ったら、同化が起きていないか疑ってみてくださいね。もしかしたら驚くほど簡単な単語かもしれません。
執筆:アンサンブル講師 Hibiki