
セーヌ川沿いの遊歩道が完全に水没したパリ中心部
パリを流れるセーヌ川は、例年冬になると水位が上昇します。この記事を書いている2026年2月現在も増水しており、各所で河岸沿いの遊歩道・道路が閉鎖されたり、クルーズ船の運行に影響が出たりしています。中には水位が3メートル前後上昇し、洪水への注意が呼びかけられているエリアもあります。今回は毎年この時期に起こるセーヌ川の増水と、普段とは違ったセーヌ川の様子をお届けします。
セーヌ川の増水
セーヌ川の増水は冬季の長雨がおもな原因とされ、毎年この時期を中心に見られる現象です。ただ今年は雨水の流入量が例年よりも多く、洪水注意を意味する黄色警戒(Vigilance Jaune)が発令される地域がパリを含め増えています。
現時点ではパリが浸水する事態にまではいたっておらず、冬の典型的な増水の範囲内におさまっています。水位上昇により観光船が橋の下を通過できないなどの問題はあるものの、被害は現在のところ限定的です。

遊歩道に降りる階段も途中まで浸水している
なぜ1月〜3月にセーヌ川の水位が上がるのか?
セーヌ川はパリを流れるおしゃれな川という印象がありますが、日本でもっとも長い信濃川(約367km)の2倍以上の長さを持ち、欧州の主要河川のひとつといえる大河です。フランス北東部のランス高原に水源があり、約777 kmを流れて英仏海峡に注ぎます。その流域にはパリ盆地と呼ばれる低地が多く、大雨や雪解け水が河川に流入しやすい地形をしています。
ヨーロッパでは日本とは逆に冬季(11月〜3月頃)に低気圧や前線が通過しやすく、降水量が増加します。同時に気温が下がって水分の蒸発量が減るため、土壌が保持できる水分量の限界を超え、雨水が河川に流れ込みやすくなります。こうした条件が重なり、セーヌ川は特に中流域で冬季に水位が上がる傾向があります。
またセーヌ川にはヨンヌ川やマルヌ川など多数の支流があります。支流域にも同時に雨が降ると、河川の排水能力を超え流域全体が飽和状態になります。冬季の雨が支流域にまで及ぶと、これらがパリのセーヌ川の増水の大きな要因となります。
パリの歴史は浸水との攻防の歴史
パリの歴史は、セーヌ川の増水との闘いの歴史でもあります。特に有名なのは1910年の1月〜3月にかけて起こった大洪水「Crue de la Seine de 1910」。前年の暮れから長雨と冷え込みが続いた結果、セーヌ川の水位は最高で約8メートル上昇し、パリの多くの地域が浸水したそうです。船で街なかを移動しながら救助や物資補給が行われたようで、ネット上でもパリの街をボートが行き交う不思議な写真を多数見ることができます。
その後もセーヌ川はたびたび洪水を起こしており、最近でも2000年、16年、18年にパリ市内各所で浸水被害が報告されています。ただこれまでの経験からフランス政府やパリ市が防災・減災のインフラ整備と制度設計を進めており、深刻な事態にはなっていません。

遊歩道に降りないように柵で締め切られている階段も
ルーブル美術館の地下浸水対策
街全体が文化財ともいえるパリが水に沈むと、文化的には取り返しのつかない被害が出る可能性もあります。特に課題としてよく挙がるのが、ルーブル美術館の地下浸水です。セーヌ川沿いの美しい景観に欠かせないルーブル美術館ですが、その立地から増水の被害を最初に被る建物でもあります。
特に地下倉庫は通常でもセーヌ川の水面より下にあり、湿度も高いため美術品の保管には理想的ではないと長年言われ続けています。もちろん美術館側も対策はしており、増水時には下層階にある展示室を閉鎖したり、地下保管庫の美術品を高い階へ移動したりしています。
16年や18年の増水時には、美術館の洪水対策計画に基づいて貴重な作品を保護する措置がとられました。これらは単なる自然災害対策ではなく、文化遺産保護と都市防災が深く結びついた取り組みとして評価されています。
パリの洪水防止策で他の地域が浸水?
パリを洪水から守るためのインフラ整備は、単に市内の堤防強化や排水設備の充実だけではありません。予防的な措置を講じるために、セーヌ・グラン・ラック公社(Seine Grands Lacs)が1969年に設立され、この組織が中心となってセーヌ川全体の治水対策をしてきました。
具体的にはセーヌ川やその支流の上流に大規模なダム湖をいくつか設け、冬から春にかけて水を蓄えることで下流での急激な水位上昇を緩和しています。
これはパリ中心部の洪水被害を軽減することが第一の目的ですが、貯水時には上流域やダム湖周辺地域の農地に浸水被害が起こったこともあります。そのため「パリのために他の地域が犠牲になっているのではないか」という声が根強くあります。
もちろん公社側は流域全体の洪水リスク低減が目的であることを強調し、このような話を否定しています。フランスの水利管理制度は地域住民や自治体の合意形成をともなう形で運営されているため、単純に「一部地域だけを犠牲にする」という構造にはなっていないと個人的にも思いますが、セーヌ川流域で洪水が発生するたびに出てくる話題であることも事実です。

水が引いた後の遊歩道には大量の泥が堆積している
増水との闘いは続く
過去の大洪水はパリに大きな教訓を残し、それをもとに洪水対策と都市計画が進化しました。現在ではセーヌ川全体の大規模な治水対策が洪水リスク低減に寄与していますが、気候変動による極端な気象現象が増える中、完全に自然の力を抑えこめるかは不明です。今後もセーヌ川とパリの「水との攻防」は続いていくのかもしれません。
なにはともあれ、少し増水したセーヌ川にふちどられたパリも一興です。1月〜3月にパリを訪問された際には、ぜひ普段とは違った光景を楽しんでみてください。
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執筆 Takashi












