パリ西部にあるブーローニュの森(Bois de Boulogne)で16日(木)夜から17日(金)にかけて、トランスジェンダーの性労働従事者であるバネサ・カンポス(Vanesa Campos)さん(36歳)が殺害された事件を受け、フランス司法当局は先週21日(火)、男5名をカンポスさん殺害容疑で起訴しました。
事件の背景
事件発生当時
カンポスさんはトランスジェンダー(体と心の性が一致していない、またはどちらの性でもない)の性労働従事者で、約2年前からブーローニュの森といった性労働者が多く利用する公園などで、売春行為を行っていました。
現地メディアによると、拳銃やナイフなどで武装した集団が客の車を盗むために襲撃してきたところを、カンポスさんが男性を守ろうとし、犯人の放った銃弾がカンポスさんの胸に命中したということです。カンポスさんはその後、死亡が確認されました。
犯人逮捕
その後、警察は事件に関わったとして21日に8人を逮捕し、現在そのうち5人が「武装グループによる殺人」「強盗」の容疑で起訴されています。一方、襲撃を受けた客が怪我をしたかどうかは現在もわかっていません。
売春に使われることで知られるブーローニュの森
パリ西部に位置するブーローニュの森は、性労働者が客を取って売春を行う場所として知られています。女性だけでなく、同性愛者やトランスジェンダーなど、多くの性労働者が危険と隣り合わせで賃金を稼いでいます。
また、ブーローニュだけでなく、パリ東部に広がるヴァンセンヌの森も、同じように売春行為が行われることで知られています。
性労働者への保護拡大を求めてデモ
カンポスさんの死は、彼女と同じように性労働者として働く人々やLGBTコミュニティの間で怒りを引き起こしました。24日(金)には、パリに数百人が集まり彼女を追悼しました。白いバラの花を手に、パリ16区のポルト・ドフィヌ(Porte Dauphine)からブーローニュの森の殺害現場まで行進し、「バネサに正義を」と政治的責任を糾弾しました。
Vanesa Campos: Five charged with murdering Paris transgender prostitute https://t.co/zlRtTLdPzw pic.twitter.com/zZHFw3Or7v
— LGBT Bulletin (@LGBTbulletin) 2018年8月27日
問われる政治的責任
買春は罪 売春は合法
フランスにはこれまで、売春を規制する法律はありましたが、買春に対する法律はありませんでした。しかし、2016年に制定された「買春を非合法化する法案」がこれまでの法律にとってかわったことにより、売春そのものは合法化された形となりました。
しかし、新たに導入された「買春を非合法化する法案」によって、買春をしたものは1,500ユーロ(およそ19万3500円/1ユーロ:129円計算)以下の罰金、再犯者には最高で3,750ユーロ(およそ48万3800円)の罰金が科せられることになり、性労働者にとって大幅な収入減となることから、度々性労働者の間で批判が噴出していました。
悪いのは客 性労働者は「犠牲者」
この法律は、女性の権利を守り、全ての同意のない性行為や性的暴力から女性を守らなければならない、という考えのもと制定されました。制定後に市民からは「悪いのは性行為の相手を金銭で『買う』客側であり、女性(その他すべての性労働者)は非行行為などではなく、その客の『犠牲者』なのだ、ということがようやく認められた」と賛同の声が上がっていました。
実情は性労働者が孤立している状態に
しかし、この法律制定によって、性労働者は売春行為そのものは合法で行えるにも関わらず、買春をする客を警察の目から隠れた状態で行わなければならず、収入は低下し、より孤立した状態で労働することを強いられています。
このような状況から、売買春行為は更に地下にもぐり実態が把握しにくくなることから、性労働従事者をより危険な状況に追いやっているとの批判が出ています。
性労働者のほとんどは移民系
現在、性労働に従事している女性のほとんどは移民、または先祖が移民の移民系と言われています。
この法案を支持している人々は、「この法案が性労働者をより警察の保護下の安全な状態に置くことができる」と考え、売春をやめ他の仕事を探せば、在留資格を得る足掛かりになると主張しています。
ブーローニュの森では性労働者殺害が相次いでいる
行進の参加者たちは、性労働者をより危険な労働環境においやる政策をすすめたフランス政府も、カンポスさん殺害犯人と同罪だと抗議しました。
現地紙は、ブーローニュの森ではここ数年、性労働者の殺害事件が相次ぎ、10人近くが命を落としていると報じています。
執筆:Daisuke