2023年5月9日(火)、フランスといえばパン、パン屋といえば伝統を重んじる職人というイメージが強いこの業界にも時代の波が押し寄せています。伝統的なバゲットにクロワッサン、パン・オ・ショコラ(チョコレート入りデニッシュ)などが置いてある一方、「インスタ映え」を狙ってヴィジュアルに凝った独自の菓子パンやサンドイッチ、ケーキなどを提供するパン屋が増えています。
伝統のパン業界、「インスタ映え商品」でイメージ一新
パリ9区にあるパン屋「トロンシェ」(Tranché !)の前には雨にもかかわらず10数人の行列ができています。
外から見てもパン屋というよりも軽食のテイクアウト店のような明るい店内に入ると、美味しそうな匂いで幸福感に包まれ、カラフルな陳列棚に目を奪われます。
黄金色のクロワッサン、しましまのクロワッサン、砂糖のつぶつぶがかかった「ふわふわ」シュークリーム、そしてブラウニーとクッキーのいいとこ取りをした「ブルッキー」はまるで巨大なクッキーのようです。
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食べる前から「おいしい」と確信、インスタで話題の「ヴィジュアル系」パン
共通しているのは全てが美しく、魅力的なことです。
店に来た客の多くはパンを買って行くだけでなく、店を出る前にパンの写真を撮ります。
その中の一人、ノエミ(Noémi)は「もう何週間も前からインスタに上がってくるこの店に来たかった」と言いながら買ったばかりのパンオショコラを頬張り、満足そうに笑みを浮かべています。
実はノエミも他の人同様、店のパンを食べる前から「美味しい」と確信しているのです。
パン屋だって「セクシー」になれる、味と同様にヴィジュアル重視
「目で楽しむこと」は「味と同じぐらい重要」と、食事への態度の進化を研究しているソルボンヌ大学研究員マリー=エヴ・ラポルト(Marie-Eve Laporte)氏は断言しています。
フランスパン屋・パティシエ連盟(Confédération Nationale de la Boulangerie-Pâtisserie Française (CCNBPF))のドミニク・アンラクト(Dominique Anract)会長は、パン屋も「SNSの写真や流行に合わせ進化し続けています」と語っています。
パン屋業界にはここ数年、コロナ禍やエネルギー危機等の逆風が吹いていますが、消費者の嗜好の変化について行くことでなんとか生き延びています。
とはいえ、パン屋には他の商店と違い、お客さんに毎日、もしくは1日に何度も来てもらえるという利点があります。
朝は朝食のクロワッサンを、昼はランチのサンドイッチを、そして1日の終わりに夕食用のバゲットをパン屋に買いにくるお客さんに、何が好評で何が不評なのか、他のパン屋さんはどうなのかなどの情報を得ることができるのです。
パン屋の「キツくて暗い」職人イメージ払拭
トロンシェの共同経営者マリー(Marie)は「なぜパン屋はオシャレじゃダメなのかしら?」と思ったことが今の店のコンセプトに繋がったようです。
長い間、パン屋といえば「朝四時に起きてひたすらパンを焼く」職人さんで、「ゾラの小説ジェルミナル(Germinal)の炭鉱夫のような、暗くて古臭いイメージ」だったのですが、彼女は「それを一新したかった」と話しています。
この店の人気商品は、ブルッキーやシュークリーム、フラン(Flan)のチョコ風味などのスイーツですが、店主は伝統的なクロワッサンやバゲットにも当然手を抜いていません。
全ては緻密に計算されている
もう一人の経営者オーギュスタン(Augustin)は、商品だけでなく店の場所や内装など全てにおいて塾考し、緻密に計算した上で経営していると語っています。
キッチンはオープンキッチンになっており、パンをその場で職人が作っている姿が見えるようにしてあります。
こうすることで使用する材料なども含め何も隠していないこと、さらにパン作りが職人の手による「本物」であることがわかります。
また、店は2つの道が交差する角にありますが、これは「写真映りが良い」という利点があります。
イメージ先行で「ヘルシー」を忘れさせる
ソルボンヌ大学のラポルト氏は、見た目の美しさはパン屋にとってイメージ一新や商品価値を上げることに繋がるだけでなく、「食品の体への悪影響を忘れさせる効果がある」と述べています。
健康ブーム、ダイエットはパン屋さんにとってはあまり喜ばしいことではありませんが、見た目の美しさは、甘い菓子パンやケーキを食べることへの「罪悪感を軽減」するわけです。
インスタフォロワー17万人、レシピを動画で
インスタグラムに載せられる写真の実に85%が、食べ物に関連しています。
フォロワーが実に175,000人もいる、パリ2区の人気のパン屋「ボー・エ・ミ」(Bo & Mie)は、菓子パンなどを作る工程やレシピを動画にアップしています。
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こうすることで消費者は自分も「参加している」気になりますが、「身近に感じてもらうこと」も「美しさ」同様に大切なのです。
執筆:マダム・カトウ