時は80年代。経済成長に伴って豊かになった世の中は、物質主義や個人主義といった新たな時代に変わりつつありました。そして、香りの世界にもそれまでにない独特な世界観が生まれます。今回は、この時代に生まれた実に個性的で美しい禁断の香りをご紹介します。
成功、魅惑、官能の香りとは?
当時、素直で優等生のようなフローラルブーケ(花束をイメージする香り)の香水も根強い人気がありましたが、更に80年代にはある要素を香りに求めました。
それは、”これまでの美しいだけの香りでは物足りない。よりわがままで、かつ人々を引き付ける媚薬”であること。そして仕事や恋愛で成功を掴み取る、野心を胸に秘めた女性にぴったりと合うオリエンタル(東洋を思わせる、奥深い香調)でスパイシーな香りが次々と生まれたのです。
代表的なものではシャネル(CHANEL)のココ(Coco)、カルバン・クライン(Calvin Klein)のオブセッション(Obsession 妄想、強迫観念)やカルティエ(Cartier)のマスト(Must)。時代が求めた官能的な香りは大成功を納めました。
禁断の果実 ディオールのプワゾン
1980年代の主役と言える香水がもう一つあります。1985年、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が生み出したプワゾン(Poison)です。
白雪姫のお話か、もしくはアダムとイヴのお話に登場する禁断の果実、リンゴの形で何とも魅力的なデザインの香水瓶。それゆえに、すぐに蓋を開けて香りを嗅いでみたくなってしまいます。
「毒」と名付けられた香りの正体は?
プワゾン=毒と名付けられた香りは、オレンジフラワーの蜂蜜を思わせる甘く華やかな香りでスタートを切ります。
コショウやコリアンダー、シナモンといった温かいスパイスがアクセントを効かせ、チュベローズ(リュウゼツラン科の花。妖艶で高級感をもつ香り)の花に包み込まれるような一時が訪れます。
そして白檀やアンバー、オポポナクス(カンラン科の樹脂。重量感がありまろやかな香り)が肌の上にビロードを撫でるような温もりと柔らかさを残しながらラストへと導きます。
一度吸い込むと忘れられない斬新な”毒”の香りは、自由でミステリアスな女性の為に作り上げられました。プワゾンの誕生は香りの世界に多大なる旋風を巻き起こし、女性達は美しく複雑で挑発的な香りに心を奪われました。
女性たちを虜にした禁断の香水ともいえるプワゾン。まさに、フランス人作家ポール ヴァレリ(Paul Valéry)の「香水は心の毒である(Le parfum est le poison du coeur)」という言葉通りだったのです。
まとめ
社会的自由と成功をうたった80年代は、美しく強い女性達の武器となる官能的な香水が多く誕生しました。香りは時代の流れによって色を変えていきますが、古くから常に私達の側にあり続けています。
香りに魅了され身に纏い、その香りが別の誰かを魅了する。こうした魅惑の連鎖がまた新しい時代を作って行くのですね!
執筆者 ふみ