ブルゴーニュ地方の名だたるワイン畑が連なる通称「グランクリュ街道(Route des Grands Crus)」
11月にもなるとフランスは曇天続きで空気はひんやりとし、冬の到来を感じます。一方で「収穫の秋」の時期でもあり、日本同様に各地で収穫祭が行われます。その中でも最も有名なのが、11月の第3週末にブルゴーニュ地方のボーヌで開催されるTrois Glorieuses(栄光の3日間)でしょう。ワイン好きならおそらく耳にしたことがある、ワインオークションを中心としたいわゆる「ワイン祭り」です。昨年(2024年)に私自身が行ってみた際の感想も含めて、田舎町のボーヌがひときわ華やぐ週末についてご紹介したいと思います。
ワインの聖地・ブルゴーニュ地方
ブルゴーニュ地方はワイン好きにとっては聖地ともいえる場所です。コート=ドール県(Côte-d’Or:黄金の丘)には、ロマネ=コンティやモンラッシェといった、ボトル1本で車が買えてしまうほどの高級ワインを生産する畑がずらりと並びます。複数品種をブレンドすることもある他の地方と違い、単一種のみで作ることになっており、そのこだわりがブルゴーニュのワインをさらに特別なものにしています。
その風味は赤も白も非常に繊細という評判が高く、ワイン好きの友人に言わせると「グラスを傾けるだけでその年の天候や畑の石灰の量まで語ってくれる」とのこと。
そこまでいくと私にはさっぱり分かりませんが、ブルゴーニュの赤ワインは、同じく赤が有名なボルドーのものよりも軽めなように思います。料理の風味をむやみに邪魔しないため、赤であっても和食にも合わせられる印象を個人的には持っています。
「ロマネコンティ」用のブドウを生産する畑
「地元の秋祭り」の雰囲気
お祭りの行われる週末は、ボーヌの街全体がワインの香りに包まれます。広場では音楽が鳴り響き、人々はワイン片手に騒いだり食事をしたりしています。ステージではバンドが演奏したり、ワインの栓の早抜きコンテストが行われたりと盛り上がっています。
世界的に有名なため会場では英語やドイツ語にスペイン語、さらには日本語なども聞かれます。世界中から人が来ていることは間違いないものの、想像よりずっと「地元の秋祭り」の雰囲気が残っていて個人的には好感が持てました。
出店で食べ物と飲み物を買いオープンテーブルに腰かけると、すでにできあがっている隣の人から「Santé!」と言われます。自分のグラスが空になれば隣の人が勝手に注いできます。自分では1杯分しか払っていないのに不思議とすぐにふらふらになったことは、「栄光の三日間」の良い思い出です。
ワインの友はやっぱり郷土料理
ワインには料理がつきもの。ブルゴーニュといえば bœuf bourguignon(ブフ・ブルギニョン)、つまり牛肉の赤ワイン煮込みが最も有名です。ほかにもガーリックバターをたっぷり詰めたエスカルゴや、独特の香りが強いÉpoisses(エポワスチーズ)もよく知られています。また Jambon persillé(ジャンボン・ペルシエ)という、ハムをパセリとともにゼリーで固めたパテのような料理も定番の前菜です。
やはり美味しいお酒を作る地方には美味しい農産物があり、必然的に美味しい食べ物も生まれてくる、というのは日本もフランスも同じようです。
お祭り会場ではブルゴーニュ地方のあらゆる料理に触れることができる。右がジャンボン・ペルシエ
お祭りの目玉、ワインオークション
ワイン祭りのメインイベントのひとつが、最終日の日曜午後に開催されるワインオークションです。164回目となる昨年の名誉ゲストは俳優のジャン・レノでした。競売前にはワイン祭りの会場を歩き回っていて、一般人と楽しそうに話していました。
競売会場は事前登録した人しか入れませんが、ワイン祭り会場に大きなモニターがいくつか設置されているので、誰でもパブリックビューイングで入札の様子を見ることができます。
競りが始まると数字の桁がみるみる増え、すぐに現実感を失います。昨年は合計439樽にあたるワインが出品され、最終収益は約1,390万ユーロ(約22億8000万円/1ユーロ=約164円)。樽あたりの平均落札額は3万1,647ユーロ(約519万円)だったとのこと。
数時間にワインだけで20億円以上のお金が動いたと思うと、すごいイベントだと思わざるを得ません。
オークションのパブリックビューイング
ワインを生産していた元施療院
ワインオークションの舞台となるのは、15世紀に建てられた Hospices de Beaune(オスピス・ド・ボーヌ)です。別名Hôtel Dieu(オテル・デュー)、つまり「神の宿」とも呼ばれ、中世では貧しい病人の治療をする慈善施設でした。医療の発達していない当時は入院してそのまま亡くなることも多く、病院というよりは現代のホスピスに近い施設だったようです。
なおHôtel Dieuは一般名詞でフランス各地に存在しますが、単に「Hôtel-Dieu」と言うとボーヌのものを指すほどこの施設は有名です。
オスピス・ド・ボーヌの華やかな外見
赤と緑と金色の瓦が織りなす屋根は、外見は絵本の中から飛び出してきたような華やかさです。しかし中に入ると調剤室や礼拝堂、病床が並ぶ病室などがあり、ここが療養施設だったことが分かります。
この施設はブドウ畑を寄進されてワインを生産できるようになりました。そこで収穫したワインを競売にかけ、収益を医療や福祉に充てるという仕組みが生まれました。これが今日まで続き、その競売の日がワイン祭りのイベントとして世界中の人を惹きつけているのです。おいしいワインで人を救うという、いかにもフランスらしい慈善活動です。
内部には病床が並ぶ
華やかな秋のワイン祭りをぜひ
お祭りではイベントMCが「ブルゴーニュ地方は人間もワインも繊細で一見ちょっと気難しいが、一度心を開けば深い愛情を注いでくれる」と言っていたのが心に残っています。
お祭りにワインを飲みに行ったのか、ワインに飲まれに行ったのか分かりませんが、ブルゴーニュのワインは単なる飲み物ではなく、文化であり歴史であり、時には人を救う魔法の液体でもあることを肌で感じた週末でした。
2025年は11月14日〜16日に開催されます。ぜひブルゴーニュ地方の華やかな週末を一度体験されてみてはいかがでしょうか。
執筆 Takashi