古都パリには、作家や芸術家などの著名人たちの足跡が随所に残されています。エミール・ゾラ、エディット・ピアフ、ピカソ、ゴッホ、ヘミングウェイ…。そこを訪れる人々は彼らの気配に触れることができます。パリが世界有数の観光都市である理由は、美しい景観や歴史的建築の華やかさだけではなく、その奥に静かに息づく「先人の足跡」にもあるように思います。本稿では、そうした先人の足跡が色濃く刻まれた場所に着目し、その一端をご紹介します。
パリに多く残る著名人たちの足跡
パリに残る著名人たちの足跡の多くは、現在も住宅として使われていたり長い年月の中で姿を変えていたりしますが、中には公開されてその空間に入れるところもあります。そうした場所は単なる記念館などではなく、彼らの生活や思考の断片が溶け込み、過去の記憶を立体的に感じ取る装置のように機能しています。どんな光が差し込む家で、どんな景色を見ながら生活をしたのか、思考したのか。そうした想像を膨らませることで、パリという都市の奥行きを体感することができます。
ここでは特にアクセスのしやすいヴィクトル・ユーゴー(ユゴー)の家、バルザックの家、そしてル・コルビュジェが設計したメゾン・ラ・ロッシュを手がかりに、建築物や空間に刻まれた時間の重なりから見えてくるパリの魅力を掘り下げてみたいと思います。

ヴォージュ広場の角に建つヴィクトル・ユーゴーの家
文豪の人生を追体験 – ヴィクトル・ユーゴーの家
まずはパリ中心部マレ地区のヴォージュ広場6番地にある、フランス文学の巨人ヴィクトル・ユーゴーの家(Maison de Victor Hugo)です。彼が1832年から48年まで暮らした住居で、当時の家具や装飾もそのままに一般公開されています。
建物自体は17世紀初頭に建てられた貴族の館で、ユーゴーはその2階を借りていました。死後に友人が遺品を寄贈し、1903年にパリ市の運営で記念館として公開されました。館内の展示は、若き日・円熟期・亡命後と彼の人生を空間的にたどれる設計になっており、まるでユーゴーの内面を部屋ごとに歩いていくような感覚があります。
ここでの生活は約16年間にわたり、彼の創作活動において最も重要な時期のひとつとされています。いかにもパリのアパルトマンといった趣きの部屋には当時流行していたスタイルの家具や装飾品が並べられ、戯曲「エルナニ」で売れっ子になりこの立派な建物に住めるようになった彼の喜びのようなものが感じられます。

売れっ子となったユーゴーは、当時最新の流行だったアジアンテイストの調度品も取り入れた
作家としての成功をおさめる一方で、ここに住んでいた時には妻が浮気をし、自身も愛人を溺愛するなど私生活が乱れていく時期とも重なります。このアパルトマンで執筆を始めたと推測されている代表作「レ・ミゼラブル」にも、この時期に起こった必ずしも幸せとは言えない事件をモチーフにした描写があるそうです。
観光客で賑わうマレ地区にありながら、喧騒から少しだけ離れたこの空間は、歴史的大作家が人生を謳歌したり悩んだりした場所として、独特な気配を感じることができます。
エッフェル塔を望む静かな穴場 – バルザックの家

バルザックの家の庭のカフェ。遠景にエッフェル塔が見える
個人的に一番おすすめなのが、パリ16区のパッシー地区にあるバルザック邸(Maison de Balzac)です。彼が1840年から47年まで住み、代表作である作品群「人間喜劇」の大部分が書かれた場所です。現在ではパリ随一の高級住宅街ですが、当時はまだパリ郊外の「村」に近い静かな場所だったようで、この家も郊外にありそうな庭付き一戸建てです。
建物は坂の斜面に建てられているため、道に面する門から入ると、まずは階段で下に降りて庭に出る構造になっています。その庭の一角にある家の中には書斎や私物が展示されていて、様々な事業に失敗したり派手好きな生活が高じたりして、売れっ子ながら負債まみれだったバルザックのとても人間くさい人生に思いを馳せることができます。

家自体はあまり大きくない
何よりも印象に残るのが、パリ市内とは思えない緑あふれる庭です。草木の間からはエッフェル塔がよく見え、カフェも併設されておりゆったりとした時間が流れています。同じくエッフェル塔がよく見えて観光客で溢れるトロカデロ広場やシャン・ド・マルス公園と違い、ここは驚くほど空いていてゆっくりと過ごすことができます。
カフェでコーヒーを片手に少しだけ本を読んでいると、作家が作品を推敲する時の気持ちを感じとれるような気がします。文学ファンでなくても、「静かなパリ」を求めている人にはぜひおすすめしたい場所です。
建築家の思想を体感 – メゾン・ラ・ロッシュ

いかにもル・コルビジェらしい直線的な外観
最後はパリ16区の高級住宅街にあるメゾン・ラ・ロッシュ(Maison La Roche)です。これは家の主人よりも、近代建築の巨匠ル・コルビュジエ(Le Corbusier)が設計した住宅として有名です。先に紹介した文豪たちの家は彼らの生活をたどれる場所でしたが、ここは建築家の「考え」を体感できる場所です。
この建物は「空間そのものが作品」です。直線的な外観、白い壁、曲線を描く室内のスロープ、全階吹き抜けの玄関ホールなど、部屋を見るというより建物の中を歩き回ることで、ル・コルビュジェの設計思想を体験できます。
またル・コルビュジェが関わった他の建物の図面やスケッチ、絵画なども収蔵されており、彼の創作の全体像を垣間見ることができます。自分の家に取り入れたくなるようなおしゃれな意匠も発見できて、建築ファンでなくとも楽しめるでしょう。

室内は吹き抜けが多用され、個人宅というよりは美術館やアトリエのよう
先人たちの「気配」を訪ねるおもしろさ
今回挙げた3軒は観光地としての派手さはないものの、パリに住んだ著名人の暮らしや思想をたどる体験を与えてくれます。パリを歩いていると、ルーヴル美術館やエッフェル塔のような名所に目が向きがちですが、本当に印象に残るのはこうした「小さく静かな場所」だったりすることもあるように思います。こうした「先人の足跡」を訪ねてみると、パリの有名観光地とは違った時間旅行に近い体験ができるかもしれません。
執筆 Takashi












