2025年1月31日(金)、ルーブル美術館が所蔵するレオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナリザ』(”Joconde”)、年間の訪問者が激増する中、その展示室の老朽化が問題になっています。改修の必要性の高まりに乗じて、ダ・ヴィンチとゆかりのある北イタリアのロンバルディア地方は早速その「移転先」に名乗りを上げています。
『モナリザ』の展示室、観光客など1日2万人で老朽化
『モナリザ』はルーブル美術館の「国家の間」(Salle des États)という部屋に展示されています。ここには毎日2万人もの観光客がこの名画を一目見ようと訪れています。
館長のローランス・デ・カール(Laurence des Cars)氏によると、『モナ・リザ』の展示室は、近年同館で頻発している水漏れなどの被害を受けてはいません。しかし、あまりにも混雑が激しく、このまま同じ部屋で展示を続けることに疑問が生じています。
さらにこの部屋には『モナリザ』だけでなく、イタリア・ルネッサンス期のヴェネチア派の貴重な名画が展示されています。
この状況を憂う館長は、文化相ラシダ・ダティ(Rachida Dati)に送った書面のなかで、この作品をどう理解するのかもわからない大勢の訪問客が毎日訪れる状態を説明し、「美術館の公共サービスの使命」について考え直させると述べ、この展示室に『モナリザ』を展示し続けることへの疑問を投げかけています。
ルーブル美術館、2024年の入場者900万人、年間収容可能人数の2倍
ルーブル美術館への入場者は年々増え続けています。美術館側の説明によると、中庭のガラスのピラミッドにある現在の入り口は最大400万人を想定してつくられていますが、2022年にはすでに780万人が、23年には890万人、昨年もほぼ同じ水準の人数が同館を訪れています。
ダ・ヴィンチの故郷、イタリアへの「帰国」はありか?
では、老朽化の展示室を改修するのか、『モナリザ』の展示場所を変えるのか、今後の改善策が議論されるなか、イタリア、ロンバルディア地方が「受け入れ先」として意思表明しています。
この名画は、1503年から1505年の間に、ダ・ヴィンチが生まれたトスカーナ地方のフィレンツェで、商人フランチェスコ・デル・ジョコンド(Francesco del Giocondo)の依頼を受け、彼の妻リザ(Lisa)の肖像画として描かれました。
1516年、北イタリア、ミラノ公国を占領したフランス王フランソワ1世の招待でダ・ヴィンチはフランス、アンボワーズ城近くのクロリュセ(Clos Lucé)の邸宅に移りますが、その時にこの傑作も持参しています。
仏伊で所有権争い、今でも議論
ダ・ヴィンチの死後、フランソワ1世はこの名画を購入しています。
この「購入した」という部分がもとで、今でもフランスとイタリアの間で「所有権」に関する議論が交わされることがありますが、フランスの歴史学者たちは当時売買を成立させた「公証人」の証書を動かぬ証拠とし、フランスの所有権を正当化させています。
ロンバルディア地方、2026年ミラノ-コルティーナ冬季オリンピックのシンボルに
ダ・ヴィンチと「モナ・リザ」は北イタリアとはあまり関係がないように思われますが、実はこの天才画家は1482年から1499年までのキャリアの大部分をロンバルディア地方にあるミラノで、ミラノ公爵の庇護のもとで過ごし、もう一つの代表作である『最後の晩餐』(La Cène)を制作しています。
そのため、ロンバルディア地方はダ・ヴィンチ「ゆかりの地」として、イタリアルネッサンス期の名画の帰国を熱望しています。
期間限定でもいいから返して?ほしい、という同地方の要望ですが、地元紙「レプブリカ」はこの門外不出の「絶世の美女」が国境をこえて里帰りする可能性は皆無、と悲観的な報道をしています。
あり得ないこととはいえ、『モナリザ』なきルーブル、それでも人は殺到するのか?と想像を巡らせてしまいます。
執筆:マダム・カトウ