フランスを流れる川で最も長いロワール川。中央山塊から北上した後、西へ進路を変え大西洋へ注ぐまでの道のりはおよそ1,000kmにも及びます。そのうち中流・下流地域にあたるロワール渓谷地方には、川沿いや丘陵に時を超えて佇む古城が点在し、その周りにぶどう畑が広がります。四季折々の光を受けて輝くその風景は、訪れる人の目と心をとらえて離しません。今回は、このロワール渓谷地方とそのワインについてご案内します。
「フランスの庭」に溶け込む古城とブドウ畑
ロワール渓谷地方の風光明媚な景色は「フランスの庭」といわれています。シャンボール、シュノンソー、アンボワーズといった100を超える美しい古城がロワール川に沿って立ち並び、その多くはユネスコ世界遺産に登録されています。
中世からルネサンス期にかけ、パリから南下してきた王侯貴族はこの地域に壮麗な館を構え、芸術と文化が育まれます。広大な庭園には季節の花々が咲き誇り、狩猟や音楽会、舞踏会といった華やかな催しが繰り広げられました。16世紀にはフランソワ1世が宮廷文化が花開くイタリアから多くの芸術家を招き、レオナルド・ダ・ヴィンチも晩年を過ごしました。
城の塔越しに眺めるロワール川の穏やかな流れは、今日でも過ぎ去った時代の優雅さをそっと映し出しているかのようです。
文化を育む水上の交易路
ロワール川は、古くから人や物を運ぶ重要な交易路として発達してきました。中世には川舟が頻繁に行き交い、ブドウやワインをはじめ、塩、陶器などがこの川を通じて各地へと運ばれました。川沿いの町は市場や港を中心に発展し、ワイン文化と城館建築は互いに影響を与えながら成熟していきます。
ロワール川は単なる水の流れではなく、地域の文化と歴史の大動脈の役目も果たしてきたのです。
多様な気候が生むワインの個性
ロワール川は中央山塊から東西を横断する間に多彩な気候帯を通過します。
ロワール渓谷地方にあたる中流域は比較的温暖で、四季がはっきりとした混合型の気候が広がります。下流域は大西洋から吹き込む海風のおかげで年間を通して温暖な環境です。このような変化に富む気候が、ロワールワインの多彩な味わいを形づくる源泉となっています。
また上流のオーヴェルニュ地方(中央高地地区)は標高が高く、冬は雪に閉ざされる厳しい大陸性気候に属します。この地域はロワール渓谷地方からは外れますが、ここで作られたワインもロワールワインと呼ばれます。
ロワールワインの特徴
ロワール渓谷地方は川沿いに東西に広がっており、地域ごとに異なるブドウ品種とスタイルが育まれています。地域は大きく以下4つに分類されます。
・ペイ・ナンテ地区(河口部)
ロワール川下流、ナント近郊の産地です。ブルゴーニュ原産のミュスカデ(muscadet)という白ブドウが主体の白ワインが有名です。軽やかでミネラル感あふれ、生牡蠣などの海の幸と相性抜群です。
・アンジュー・ソーミュール地区(中流域西部)
ペイ・ナンテ地区の東に広がる産地です。シュナン・ブラン(chenin blanc)という白ブドウのワインは辛口から貴腐ワインまで幅広く、蜂蜜や花、熟したリンゴの香りが魅力です。ロゼは甘口のものもあり、クレマンというスパークリングも有名です。
・トゥーレーヌ地区(中流域東部)
アンジュー・ソーミュール地区からさらに内陸側にあり、古城が多い地域です。赤ワインはカベルネ・フラン(cabernet flanc)が主体で、柔らかなタンニンと心地よい酸が特徴的です。
・サントル・ニヴェルネ地区(渓谷上流部)
フランスの中央(サントル)に位置する産地で、特にサンセールとプイイ・フュメで作られるソーヴィニヨン・ブラン(sauvignon blanc)が有名です。柑橘やハーブの香りを持つ爽快な白ワインで、ピュアで透明感のある味わいは、まさに川風を感じさせます。
全体として白ワインの生産が半分以上を占め、酸味とミネラル感を備えたスタイルが多いのが特徴です。他にも甘口ロゼや、シャンパーニュ方式で造られる上質なスパークリングは、地元でも特別な日に愛されています。赤ワインは軽やかで果実味豊か、冷やして楽しむのもおすすめです。
ロワールワインとのペアリング
ロワール地方は肥沃な土地と豊かな川の恵みを享受し、食材の宝庫としても知られています。地元料理とのマリアージュは、ワインの魅力を倍増させます。
トゥール名物の豚のリエット(rillettes de porc)は、じっくり煮込んでほぐした豚肉の旨味と脂のコクが魅力。シュナン・ブランなど酸味の高い白ワインが脂をすっきりと切り、軽やかな赤は旨味を包み込みます。
タルトタタン(tarte tatin)は、キャラメリゼしたリンゴの甘酸っぱさが甘口ワインの芳醇さとよく合います。
そして忘れてはならないのが山羊チーズ(シェーヴル)。白ワインとの相性抜群です。フレッシュなタイプは爽やかなサンセール、熟成タイプはより骨格のあるソーヴィニヨン・ブランや辛口のシュナン・ブランと合わせましょう。
ロワールおすすめポイント
カーブ・アンバシア(Cave Ambacia)
トゥーレーヌ地区アンボワーズの中心部に位置し、500年以上の歴史を持つワイナリーです。ぶどうは有機栽培で、ワインは地下洞窟で熟成されます。徒歩圏内にはフランソワ1世などフランスの国王が居住していたアンボワーズ城もあり、古城見学と洞窟訪問、試飲を一度に楽しめます。
ロワール・ワイン街道を巡る旅
プロヴァンス地方と同様にロワール渓谷にも「ロワール・ワイン街道」が整備され、ブドウ畑と古城をつなぐルートを車や自転車で巡ることができます。春には新芽が萌え、秋には黄金色の葉が川面に映える景色は格別です。
ワインイベント「Échappées en Loire(ロワール小旅行)」
毎年8月末には、ロワール川沿いのワイン生産地域で事前予約制のワインイベント Échappées en Loire(ロワール小旅行)が行われます。川沿いのブドウ畑やワイナリーを散策したり、試飲や地元料理、音楽やピクニックを楽しめます。
古城とブドウ畑が織りなす景色
ロワールのワインは、山から海へと旅する川のように時間とともに変化し、さまざまな表情を見せてくれます。古城とブドウ畑が織りなす景色をイメージしながら味わうワインには、この土地の歴史や人々の息遣いが感じられるでしょう。
執筆 Quiyo(キヨ)