20日(木)、パスツール研究所(l’institut Pasteur)の研究チームが、エイズ※1(AIDS : Acquired immune deficiency syndrome 後天性免疫不全症候群)を発症させるHIV※2(Human Immunodeficiency Virus/ヒト免疫不全ウイルス)のウイルスに感染した「宿主細胞」と呼ばれる細胞の脆弱性を発見し、排除する経路を発見した、とセル・メタボリズム誌(Cell Metabolism)に発表しました。HIV寛解※3の手がかりとなる発見として大きく期待されています。
※1 仏名:SIDA(Syndrome d’immunodéficience acquise)※2 仏名:VIH(Virus de l’immunodéficience humaine)※3 寛解:完治とまではいかないが、一時期もしくは継続的に病状が治まる、ほぼ消滅した状態
パスツール研究所とは
フランスの生物学者・細菌学者であるルイ・パスツール(Louis Pasteur/1822-1895)が、1885年に狂犬病ワクチンを開発したことがきっかけで世界中から集められた寄付金を基に、生物学、医学、公衆衛生等の発展のために1887年にパリに設立した、非営利の公益目的の民間研究機関です。
ポリオワクチンの開発、エイズウイルスの発見などが有名で、2014年には世界で初めてエボラ出血熱のウィルスを特定するなどの実績があります。
微生物、感染症、ワクチンなどの基礎応用研究に加え、教育にも尽力し高等教育も行っています。現在パリの本部には60カ国2,400名の職員が在籍しています。
現在の治療薬との違い
抗レトロウイルス薬
現在HIV患者に処方されている抗レトロウイルス薬は、ウイルスを遮断して増殖を抑える働きをします。ただし、ウイルスに感染した宿主細胞そのものを排除することはできず、生涯にわたってウイルスの増殖を抑えるために、薬を服用し続ける必要があります。
かつては数種類の薬を服用する必要がありましたが、現在では薬の効果が飛躍的に向上している為、一日一回、一錠の服用でウイルスの増殖を抑えることができます。
パスツール研究所が特定した方法
研究チームのアシエ・サエズ=シリオン(Asier Sáez-Cirión)主任研究員によると「抗レトロウイルス薬はウイルスを遮断し増殖を抑えることはできるが、宿主細胞を排除することはできない。今回我々があきらかにした方法は、感染した細胞そのものを標的として、排除することができる。」ということです。
HIVは免疫機能を発動する際に必要な、高い代謝性をもつCD4+T細胞というリンパ球などに感染し、長い潜伏期間を経て活性化し、CD4+T細胞を破壊していきます。
研究チームは、このHIVの主な標的である免疫細胞のCD4 +T細胞の特徴を特定することに成功し、「HIVに感染した細胞は、腫瘍細胞に似たエネルギー特性を持っているので、同じ種類の手法を応用できることが我々の研究でわかっている。」と述べています。今後HIVの治療法が飛躍的に発展するのではないかと期待されています。
Cell Metabolism誌に発表された記事はこちら。
寛解の可能性への第一歩
「パスツール研究所の次なるステップは、癌治療の際に分子を特定した臨床試験の経験を用いて、最適な効果をもたらす分子を特定し、更に、非臨床試験(旧称:前臨床試験)へ移行することだ。」とサエズ=シリオン主任研究員は言います。
この研究は、HIV患者からウイルスに感染した細胞がほぼ検出されなくなる「寛解」への可能性が大きな一歩となります。これらの非臨床試験を経て、実際に患者を対象とした臨床試験が行われるまでには、あと数年はかかるとみられています。
HIV治療に一筋の光を差し込んだ、パスツール研究所の今回の発表ですが、今後の研究結果が待たれます。
執筆:Daisuke