2026年8月21日(金)、夏休みもあと10日あまりとなり、今年も9月に新学期を迎えますが、そもそも、フランスの新学期はなぜ年初の1月ではなく、9月なのでしょうか?、地元メディアが報道しています。
フランスの「夏休み」の始まり、中世に遡る
学校の夏休みのようなものが歴史上はじめて確認されたのは、実は13世紀に遡ります。
当時は当然「義務教育」もなく、教育はあくまで教会で聖職者により行われていました。ところが、夏になると、大多数の生徒がこの学校に来なくなったのです。
夏は農繁期で、6月下旬から8月上旬にかけては、小麦や大麦などの穀物の収穫、9月から10月にかけては、ワインの原料となるブドウの収穫が行われます。そのため、子供たちは親に収穫の手伝いに借りだされていたのです。
この現象に直面した当時のローマ教皇、グレゴリウス9世(在位:1227年~1241年)は、夏の間学校を閉めてよいことにしました。その時期や授業時間に関しては、それぞれの教会が独自で決めていました。
夏休み、19世紀の初等教育の義務化と共に制度化
フランス第三共和政で二度首相を務めたジュール・フェリー(Jules Ferry)は、1882年及び1886年に制定したジュール・フェリー法により、初等教育を義務化、世俗化しさらに無償化しました。
ここでいう「世俗化」(仏:laïque)とは、「非宗教的」という意味で、特定の宗教に偏らず中立であることを意味しています。
これにより、初等教育がはじめて制度化されたわけですが、1884年1月の行政命令で、8月中旬~10月初旬まで、6週間の夏休みが学校のスケジュールに組み込まれました。
上流階級の都合に合わせた、夏休みの期間
教育史の専門家クロード・レリエーヴル(Claude Lelièvre)氏によると、この時期になった理由は、当時の富裕層が避暑地に所有するセカンドハウスに行くことができるよう便宜を図ったためです。特に、ブルジョアや貴族といった上流階級の家庭の子息が、10月上旬に行われる猟犬をつかった追猟に参加できるように配慮されています。そのせいか、夏休みはその後、7月中旬から10月上旬にかけて、8週間、10週間とどんどん長くなっていきます。
1936年、有給休暇の導入で7月~8月の夏休みが主流に
産業革命以降、労働者階級の数が増えつづけ、20世紀には農業従事者の数を上回りました。
1930年代、当時の劣悪な待遇の改善を求め、彼らはストライキや工場占拠などを繰り返します。そんな中、1936年6月の選挙でついに左派の人民戦線(Front populaire)が勝利、レオン・ブルム内閣が誕生します。そして、労働者の待遇改善の一つとして、有給休暇制度が導入され、全労働者に年2週間の有給休暇が認められました。
労働者たちは、勝ち取った休暇を9月ではなく、主に7月~8月の夏に取得していたことから、当時の教育相ジャン・ゼイ(Jean Zay)は、「親の有給休暇と子供の休暇時期をうまく合わせられるように」と、新学期を8月末に前倒ししました。
夏のバカンス、ツーリズムが産業に発展、地域分けも導入
観光業が発展すると、バカンスが重要な経済的要素の一因となりました。夏季休暇は短縮され、その分クリスマスや春休みが拡充されました。
前述のレリエーヴル氏によると、1968年のグルノーブル冬季オリンピック以降、観光業者らの要望で、学校の休みを地域ごとに分ける、「ゾーン制度」が導入されました。
これにより、フランス全国の学校の休みがすべて同じ日程である必要がなくなり、観光業にとっては好都合となったわけです。
フランスの学校の休みは、政権や教育相が変わる都度、授業時間と共に国会の議題に上っています。特に夏休みは長すぎるという声が上がっています。
今年の新学期は、コルシカ(9月3日)除き、9月1日からです。
出典;TF1、CGT.FR、フランス政府オフィシャルサイト
執筆:マダム・カトウ












