パリを訪れる旅行者が一度は足を運ぶ場所といえば、歴史ある有名デパートの数々ではないでしょうか。豪華なファサード、趣向を凝らしたショーウィンドウ、ドーム型の天井、ラグジュアリーな雰囲気…。そこは単なるショッピングスポットを超え、パリのイメージを体現している場所とも言えます。
パリには大きなものだけでも5つのデパートがあります。それぞれの歴史を紐解くと、お互いライバルとして個性を出しながらも、出自や経営主体が共通するなど独特の相関関係があります。しかしネットショッピングが発達した現在、輝きに陰りが見え始めている部分もあります。今回はそんなパリのデパートの現状をご紹介します。
世界初のデパート ボン・マルシェ
まずは世界初の近代デパートといわれるボン・マルシェ(Le Bon Marché)です。1838年にパリ7区に誕生し、エミール・ゾラの小説「ボヌール・デ・ダム百貨店(Au Bonheur des Dames)」のモデルにもなりました。
パリではセーヌ川の右岸に商業施設が、左岸に大学などの教育施設が集まっていることから「右岸ではお金を使い、左岸では頭を使う」とよく言われますが、ボン・マルシェは例外的に左岸にある珍しいデパートです。
1980年代にLVMHグループの傘下に入って以来高級路線を打ち出しており、その落ち着いた品格からパリで最も高級感があるデパートといわれます。食品館のラ・グランド・エピスリー・ド・パリ(La Grande Épicerie de Paris)は世界のあらゆる食材が揃う美食の殿堂で、地元の食通に加えてフランス土産を求める観光客で常に賑わっています。

サマリテーヌの見事な内装(筆者撮影)
ボン・マルシェ関係者が起こしたサマリテーヌとプランタン
そのボン・マルシェの優秀な販売員だったマリー=ルイーズ・ジェイ(Marie-Louise Jaÿ)と一緒に、夫エルネスト・コニャック(Ernest Cognacq)が1870年にはじめたのがサマリテーヌ(La Samaritaine)です。パリ中心部のポンヌフ(Pont Neuf)のたもとに立つ立派な建物は、アール・ヌーヴォーとアール・デコの装飾が混在する歴史的建造物です。
2001年にLVMHの傘下に入った直後、建物の構造上の問題や地権争いが表面化し、サマリテーヌは2005年から約16年間閉鎖されていました。大規模改修を経て2021年にリニューアルオープンした際には、高級ホテルやレストランをも内包するパリで最も洗練されたデパートになりました。空間を贅沢に使っているため品数は多くはありませんが、その美しい内装を見るだけでも足を運ぶ価値があります。
ちなみに、芸術に造詣の深かった創業者夫妻の収集品を収蔵するコニャック=ジェイ美術館(Musée Cognacq-Jaÿ)がパリのマレ地区にあります。小さいながらもレンブラントなど有名な画家の作品もあり、こちらも一見の価値があります。
ボン・マルシェ副支配人によるプランタン
また、ボン・マルシェの副支配人であったジュール・ジャルゾー(Jules Jalzot)が1865年創業に開業したのがプランタン(Printemps)です。当時の売れっ子建築家であったポール・セディーユ(Paul Sédille)によって設計された建物は、アール・ヌーヴォーの丸い屋根を取り入れた近代的な仕上がりで、パリの歴史的建造物として登録されています。

パリの一等地に建つギャラリー・ラファイエットやプランタンの屋上テラスは、無料でパリのランドマークをひととおり見渡すことができる穴場
庶民派デパート、ギャラリー・ラファイエットとBHV
プランタンに隣接するのが、常に地元民と観光客で混雑しているギャラリー・ラファイエット(Galeries Lafayette)です。パリの老舗デパートの中では最も新しく1893年に産声を上げました。高級ブランドから若手デザイナーまでを網羅した品揃えで、パリの商業主義を体現するかのような巨大デパートです。
建物の見どころは、ビザンティン様式のドームをいただくメインホール。吹き抜けの空間に四方からのびる回廊が重なり合う光景は、何度見ても息を飲む美しさです。
また毎年クリスマスシーズンに施されるウィンドウディスプレイと、吹き抜けのドームに吊るされる巨大なツリーは、パリ中の家族連れと観光客が押し寄せる風物詩となっています(デパートのクリスマスの飾り付けに関する記事はこちら)。
雑貨類も多く取り扱うBHV
そのギャラリー・ラファイエットが2023年まで経営権を所持していた、もうひとつの庶民派デパートがパリの目抜通りのリヴォリ通りにあるベー・アッシュ・ヴェー(BHV)です。 BHVはBazar de l’Hôtel de Ville(市役所のバザール)の頭文字を取ったもの。文字通りパリ市庁舎のすぐ隣にあり、1856年に誕生しました。
他のデパートと異なるのは、ファッションやコスメのほかにDIY工具・ガーデニング用品・雑貨なども多く取り扱っている点です。東急ハンズのようなところもある、比較的庶民派のデパートとして認知されています。

リヴォリ通りを挟んで左側がパリ市庁舎、右側が BHV(筆者撮影)
明暗別れるデパート業界
経営面では、ボン・マルシェとギャラリー・ラファイエットが好調と言われます。ギャラリー・ラファイエットはかつては売り上げの3分の1が中国からの観光客で、中国人専用の支店まで作っていました。コロナ禍以降は、中国人観光客の減少分を地元フランス人の売り上げ増加でカバーして、堅実な経営を保っています。
ボン・マルシェも、左岸唯一という地の利と地元の富裕層を重点ターゲットとすることで、他のデパートとの差別化を図り安定しています。
一方、eコマースの台頭、観光客需要の変化、そして物価高による消費行動の変化などにより苦境に立たされているデパートもあります。
その代表例がプランタンで、コロナ禍での大打撃で系列7店舗の閉店を発表。パリ市内の支店や地方店舗が次々と姿を消し、数百名規模の人員削減を余儀なくされました。
サマリテーヌもリニューアルオープン以来赤字が続いており、同じLVMHグループのボン・マルシェがサポートに入るなど経営努力が続けられています。
コロナ禍が一段落した後も、ネット通販の浸透と消費者の「体験」志向への変化は止まらず、「商品を並べれば人が来る」という旧来のモデルは崩壊しつつあるのが現状です。

店舗の撤退が続き、空きスペースが目立つ BHV店内(筆者撮影)
BHVで何が起きているのか
最も経営が揺れ動いているのがBHVです。2025年11月、BHVに中国発のファストファッションブランド、シーイン(SHEIN)の世界初の常設店舗がオープン。環境破壊や労働搾取など倫理面での懸念が払拭されていない超低価格通販ブランドを迎え入れるという決断は、老舗デパートの誇りとは相容れないものとして大きな波紋を呼びました。その結果シャネルやディオール、ゲランといったビッグネームや、中価格帯のフランス人御用達のブランドも次々と BHVから撤退。もともとコロナ禍で苦しかったBHVはさらなる苦境に陥りました。
また建物の所有権はカナダの投資会社に移ることになりました。その結果、今後は建物の4割が引き続きBHVとして営業を続け、残り6割は高級メゾンの旗艦店やラグジュアリーホテルなどに改装される計画です。
経営を立て直すべく新たな客層を取り込もうと決断したSHEINの導入という奥の手が、逆に既存のブランド撤退や資金面の問題の表面化を招いたBHV。ただ今回の件は、パリの老舗デパートが難しい立場に置かれながらも、さまざまな努力を試みている一例とも言えそうです。
それでもパリのデパートは特別
時代の荒波に揺れているものの、パリで「買い物をする喜び」を体現する場所であり続けようとする老舗デパートの意志はまだ失われていないようです。老舗デパートはその栄光の歴史を大切しながら、生き残りをかけた模索を今後も続けていくことでしょう。
パリを訪問された際には、デパートで壮麗な歴史的建造物を見上げつつ買い物を楽しむと同時に、老舗デパートの経営努力を感じてみるのも良いかもしれません。
執筆 Takashi












